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【写真番号2022062701】
県立中央病院(1980年)

2022年6月27日 05時05分 (6月27日 12時37分更新)
【写真番号2022062701】北陸自動車道沿いの水田地帯に立つ県立中央病院=1980年5月、金沢市で、本社ヘリ「わかづる」から

【写真番号2022062701】北陸自動車道沿いの水田地帯に立つ県立中央病院=1980年5月、金沢市で、本社ヘリ「わかづる」から

郊外に“医のとりで”

 金沢港を見晴らす水田地帯に整然と立ち並ぶ白い建物群。ひときわ高い七階建ての県立中央病院は、まるで船団を率いる母船のようだ。
 戦後、金沢市中心部に誕生した病院が、犀川沿いを経て現在地に移ったのは一九七六年のこと。医療の高度化や北陸自動車道の市内開通を見据え、県全域の核となる医療センターが求められていた。
 診療科目は呼吸器科や脳神経外科などが増えて十八科に、病床も五十床多い四百床としたが、看護体制の見直しに伴い、八十五人もの看護師の増員が課題となった。
 病院の「三十五年史」によると、看護師不足の折、地元医療界には「引き抜きご法度の鉄則」があった。そこで募集の中心に据えたのが、県外で働く地元出身者にUターンを呼び掛ける作戦だった。当時副院長で病院開設準備本部長を務めた相野田芳教さんは「能登の奥までも家庭訪問するなどの努力により、所期の成果が収められたことは特筆に値する」と記している。
 “医のとりで”となる県中に、脳血管・救命救急センターが完成したのが八〇年。県民の死因の上位を占めた脳血管疾患に二十四時間対応できる態勢が整った。ドクターヘリを備えた現在の姿に生まれ変わるのは、それから四十年近く後のことになる。(鈴木弘)
  • 空から-あの頃ふるさとは

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