本文へ移動

<今 教育を考える>トップ大学への集中投資に疑問 地方大こそ支援を 東京大大学院 隠岐さや香教授

2022年6月22日 15時30分 (6月22日 15時30分更新)
 研究水準で世界トップレベルの大学を育てようと、国は10兆円規模の基金(ファンド)を設けた。国公私立を問わず有望な数校に、運用益で1校当たり年数百億円を投入する計画だ。国立大への交付金削減、競争で得る研究資金の増加など、国が進めてきた「選択と集中」を一段と強める動きに見えるが、果たしてうまくいくのか。社会の中での科学の位置づけに詳しい東京大大学院の隠岐さや香教授(47)=科学史=に聞いた。(聞き手・日下部弘太)

おき・さやか 1975年生まれ。東京都出身。広島大大学院総合科学研究科准教授、名古屋大大学院経済学研究科教授を経て、今年4月から東京大大学院教育学研究科教授。著書に「科学アカデミーと『有用な科学』」など。

 ―基金はトップ大学に集中投資する狙いです。

 非常に疑問を持っています。大学の研究力を論文の引用数で見るとして、日本はトップレベルの論文が少なくなっている。また、数、質ともに他国と比べて中間層が薄く、トップと下位の差が開いています。ただ、下位の大学にも優れた研究者はいます。むしろこうした大学を手厚く支援すべきなのです。
 基金の制度自体にも不安を覚えます。運用益は上がるのでしょうか。基金を推進している人と話すと「大学の文化が変わる」と。まるでギャンブラーの感覚。投資でもうけて研究にお金を投下する発想ですが、学生の教育をどれだけ考えているのでしょうか。
 選ばれるには、大学の運営体制として学外者が多く入る合議体という最高意思決定機関をつくる必要がある。それが大学の自治に害になるのではとの危機感も募ります。

 ―自治を害するとは。

 2015年の学校教育法改正で学長と副学長の権限が強まり、人事が学部自治ではなくなってきています。上層部でひっくり返る可能性があるので、各学部は人事にすごく慎重です。その上、今回の基金の申請条件で、新たに合議体という不思議なものができることを不安に思います。
 戦前の憲法には学問の自由の規定がなかった。帝国大学ができた時期は自由民権運動が盛り上がり、国は大学に秩序を導入しようとしました。どうやったら管理できるかという発想です。今と戦前の連続性を感じます。

 ―どの研究に資金を出すかを選ぶ際、「役に立つか」が重視されます。

 「役に立つ」は歴史的に見ても幅広い概念です。18世紀のフランスの科学者は、長期的な有用性や「好奇心を満たす」という意味でも使っています。今の日本政府は科学技術とイノベーション(技術革新)を結び付け、経済成長に役立てることを重視しています。視野が短期的になりかねません。

 ―中間層の大学を支援すべき理由とは。

 ドイツは各大学が強みを伸ばし、分野ごとにトップの大学が違い、中間層も分厚い。公立大の予算の7割は州からの運営交付金です。日本でも、特に基礎科学の研究者はドイツのやり方が良いと思っています。

 ―「選択と集中」による影響は。この参院選に向け、私たちが考えることは。

 まず、不平等が目に見えて広まる。今でも都市部と地方で大学進学率に格差があります。支援が受けられない地方の大学は財政の厳しさから学費がさらに高くなり、問題がひどくなる可能性が。地方大では学べる分野が減る事態も既に起きています。
 トップ大学に大金を投じる話ではなく、地方大の支援を拡充して学費を下げ、教育を充実させることを議論すべきです。政府が生活とかけ離れた研究ばかりを考え、教育を考えないのはおかしい。「稼げる大学」みたいなものに、素朴に疑問を持ってほしい。

 大学ファンド 財政投融資などを財源に、国立研究開発法人の科学技術振興機構に設けた。運用益で、将来的に年3000億円を数校の大学に投じる。対象は「国際卓越研究大学」に認定された大学。認定には、収入や支出など事業規模で年3%の成長も求められる。
 本年度に公募を始め、選定を経て2024年度から支援する予定。中部地方では名古屋大が「研究者の招聘(しょうへい)や研究環境の整備に活用し、世界に通用する研究拠点の形成を図りたい」と申請する意向だ。文部科学省によると、これとは別に地域の大学支援について、今年8月末の概算要求をめどに内容を具体化する。


国立大への交付金が過去最少、国は競争で得る資金増やす


 日本の研究の中心となっている国立大学。法人化された2004年度以降、人件費や研究、教育費として国から運営費交付金が支給されている。ただ、その額は当初の1兆2400億円から徐々に減り、本年度は過去最少の1兆780億円。国立大学協会は「教育研究基盤の維持は限界」と訴える。
 一方、文部科学省によると、省庁などの研究課題に応募し、採択されると資金が得られる「競争的資金」は増えている。代表的な「科研費」(科学研究費助成事業)の予算は04年度の1830億円から、21年度は2480億円となっている。

日本の研究力は低下 注目論文数で世界10位に転落

 日本の研究力は低下が指摘されている。同省科学技術・学術政策研究所によると、引用数が上位10%と同1%に入る論文数(3年平均)の世界ランクで日本は04年にはいずれも4位だったが、18年にはそれぞれ10位と9位。国際的に注目される研究領域への参加も停滞している。

関連キーワード

おすすめ情報