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老若男女が途切れることなく1本のバトンをつないだ4万5000メートル【満薗コラム・光と影と】

2022年6月21日 18時36分

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小出義雄さん

小出義雄さん

 僕は口ひげをそれない。そってしまったら、どうも具合が悪いと勝手に思い込んでいるだけかもしれないが。6月19日、日曜日の千葉県佐倉市は、真夏を思わせる空が広がり、暑かった。私が選んだのは、白地に青の縦じまのシャツだった。口ひげがトレードマークだった小出義雄さんの形見である。
 当地の丘の上にある市営岩名運動公園陸上競技場は2年前の2月に名称が変わり、「小出義雄記念」の名を冠することになった。有森裕子、高橋尚子を筆頭に、ここを主練習場にした名選手を育んだ陸上競技場である。この日、このトラックで行われたのが「佐倉陸友会創立45周年記念小出義雄名誉会長追悼45キロリレーマラソン大会」だった。陸友会を立ち上げ、当初から会長を務める山口文明さんとは、発足当時から親交があり、小出さんは名誉会長として、生まれ故郷の走友会をバックアップしてきた。世界のトップを生んだが、このスタジアムは市民に広く開放された競技場の顔も持つ。
 山口さんに促され、私も開会式でマイクを握った。「小出さんは『富士山の美しい頂上を支えているのは、広大な裾野だ。日本の長距離界を支えてくれているのは市民ランナーなのです』と話していました」。続けて言った。
 「今日はラフな格好で来ましたが、このシャツは誰のものでしょう?」。フィールドに座した、ほとんどの人たちがキョトンとする中、男の子がすかさず手を上げた。小出さんの孫、優斗君(小学3年生)だった。母親は、かつてロッテルダム・マラソンで2位などの実績を残した小出さんの次女・正子さんである。父親は、富士通の長距離監督・高橋健一さん。この孫は、形見として私に渡った、おじいさんのシャツを覚えていたのだ。
 正子さんとやって来た、このゆかりの競技場で、優斗君は力走した。そのかたわらで伴走したのは、かつて実業団の名監督として活躍した、小出さんの高校時代の教え子、鈴木秀夫さんだった。正子さんは千葉・市船橋高時代、この鈴木さんの教え子である。
 若きもいれば「この9月に82になります」という、ベテランランナーもいた。そういえば「皇居周回ランナー」の先駆けの一人となった山口さんも80歳になった。老若男女が途切れることなく1本のバトンをつないだ4万5000メートルの“単独レース”は3時間ほどで終わった。最後の100メートルは、ゴールを目指して、この日集った人たちが全員でゴールラインをまたいだ。昔、陸上選手だった私も、持病の座骨神経痛で脚を引きずりながら、その一団にいた。何かに突き動かされるように、自然と走り出していたのだ。
 いい一日だった。帰りは、小出さんとよく行った京成佐倉駅前の居酒屋で在りし日をしのんだ。形見のシャツと。

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