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【家族になろうね~特別養子縁組で子どもを迎えて~】①赤ちゃんがやってきた

2022年5月28日 05時00分 (8月5日 11時20分更新)

こんな「あなた」に届けたい

・生みの親と暮らすことのできない子どもたちの社会的養護に関心のあるあなた
・里親や養親をやってみようと思い始めているあなた
・多様な家族の在り方に関心があるあなた

プロローグ ~1万5000分の1の物語~

 わが娘、Kちゃんと暮らし始めてから、2回目の春を迎えた。1歳8カ月、好物の「パン」は言えるのに、「パパ」とはまだ呼べないKちゃんが、両腕を前に突き出して抱っこを求めるしぐさで近寄ってくる。無条件に頼られることがこれほどうれしいとは、子どもを持つまで知らなかった。
 2020年夏に生まれたKちゃんは、生後1週間で私たち夫婦の元にやってきた。名古屋市の児童相談所を通じ、特別養子縁組を前提とした里子として。1年後に縁組が成立し、Kちゃんと私たちは法的にも親子になった。日々の生活が彩り豊かになるような不思議な感覚。まさに人生が一変した。
 民法改正で1988年に特別養子縁組が導入されて以降、1万5000人を超える子どもが新たな家庭に迎えられた。多くの「典型的な家族」とは少し違っているかもしれない。でも、私たちは確かに存在し、毎日を楽しく生きている。
 この連載は、40代にして新米パパとなった私が不妊治療を経て里親になるまでの軌跡と、その体験から見えてきた里親制度の現状や課題をつづる1万5000分の1の物語である。(奥田哲平)

 体験談はあくまでも特別養子縁組の一例です。里親・養子縁組を巡っては近年制度改正が続いているため、現行制度については児童相談所などに確認してください。

「お願いしたいお子さんがいる」連絡に手が震えた

 まだ蒸し暑さが続いていた2020年8月下旬、仕事中にスマートフォンに見知らぬ番号から着信があった。職場の廊下に出て折り返すと、名古屋市中央児童相談所の担当者。「実は奥田さんにお願いしたいお子さんがいる」。特別養子縁組を前提とした子どもの受け入れの打診だった。
 子どもはまだお母さんのおなかの中で、出産予定日は9月中旬。「急いでいる」ということで翌日に面会する約束をして電話を切り、すぐに妻にメッセージを送った。
 私「手が震えている」
 妻「私も」
 過度に期待してはいけない。努めて冷静になるように自分に言い聞かせた。実は少し前に児相から別の縁組の打診を受けたものの、1週間ほどたってから実母の事情が変わり、白紙になった経緯があった。浮足だった気持ちが折られる一方、実の親と暮らす赤ちゃんの幸せを願う気持ち。何とも言えない複雑な感情が入り交じった。
 それにしても、立て続けに打診があるとは驚きだった。児相の職員は「今年は新型コロナウイルスの影響で、望まない妊娠の相談が増えている」と言う。予期しない妊娠の背景は経済的な事情や家族関係などさまざまだが、コロナ禍もその一つなのかもしれない。
 翌日、児童相談所で里親担当の方と面談し、子どもを特別養子縁組に出す事情を教えてもらった。個人情報に当たるので詳しくは書けないが、Kちゃんの生みの母は妊娠が判明してから、1人では育てられないけれど中絶はしたくないと思い悩み「ちゃんとした家庭で育った方がいい」と思い至って児相に相談したという。
 児相の職員は、母子ともに健康であれば、出産して病院を退院する時から私たち夫婦に託したいという。そして「受けていただけるかどうか早めに決めてほしい」とも。私たちの心は初めから決まっていた。「お願いします」。即答したものの、まだ実感はわいていなかった。

初めての抱っこ 「大切に育てます」

 妊娠期間や、もちろん子育て経験もないまま、慌ただしく準備が始まった。そして出産予定日より少し早い9月中旬。2768グラムの女の子が誕生した。2日後に連絡をもらった。
 児相の担当者によると、生みの母はおなかを痛めた出産を経て、気持ちが揺れているようだった。「わが子を育てたいという気持ちがなくはない。だが、現実的に頼れる人がいない」「この子のために、待ち望んだ親のところに行ってほしい」と話していたという。担当者は「よく考えて決めていいんですよ」と助言したそうだ。
 誕生から4日後、病院で対面することになった。生みの母は、子どもを託す夫婦と会いたいという希望があり、名前も一緒に相談したいという。担当者によると、珍しいケースらしいが、私たちに断る理由はなかった。子どもを手放し、会ったこともない夫婦に預けるのに不安がないはずはない。その心配を何とか和らげてもらわなければならない。
 担当者や病院のケースワーカーらとともに産科病棟に向かい、まずは空き病室で児相と病院側が出生届などについて打ち合わせした。へその緒は2つ用意し、実母と私たち養親がそれぞれ保管するという。
 そしていよいよ対面へ。会議室のような部屋に入った。緊張で無言の時間が過ぎ、しばらくしてピンク色のパジャマ姿の女性が現れた。Kちゃんを産んでくれた実母だ。互いに自己紹介し、里親になると決意した経緯を私から説明した。
 「産んでくれて、ありがとうございます。このご縁を大事にしようと思いますし、○○さん(実母)の選択が間違いでなかったと思われるように、大切に育てていきます」。最後にそう付け加えた。出産前から児相に相談し、特別養子縁組を考えてくれた生みの母には感謝してもしきれない。実母は頷きながら聞いてくれていた。

透明なケースで連れられてきた生後4日のKちゃん。すやすやと眠っていた

 透明なケースのベッドで病院スタッフに連れられてきた赤ちゃんは、すやすやと眠っていた。恐る恐る抱っこさせてもらうと、小さくてふにゃふにゃで気を付けないと壊れそうだ。少し目を開けて誰だろうと不思議そうに私を見つめて、また眠りに入った。
 「ずっと見ていられるなぁ」。私たちも児相の担当者も「かわいい」を連発。生みの母は「泣くときは、この小さな体からこんな声が出るんだと思うほど、大声で泣きます」とまなざしを向けた。

私が抱っこすると、不思議そうに目を開けた

 赤ちゃんの名前を相談したが決められず、「おふたりに任せます」と実母。児相の担当者や病院スタッフも含めた全員で記念撮影もした。不思議な光景に映るかもしれないが、その場には子どもを育てられないと困っている女性がいて、子どもがいなくて苦しんだ夫婦もいる。それを赤ちゃんと多くの人たちが結んでくれた。将来Kちゃんが成長したときに、さまざまな手助けがあったと伝えたいと考えた。
 2日後には退院し、そのまま自宅へ連れ帰ることになる。生みの母に「大切に育てる」と誓った半面、この10年来の道のりを思い返すと信じられない気持ちも。帰宅すると、地に足がつかないふわふわした感覚と、子どもの人生を任されることへの不安が押し寄せた。
 世の親は誰しもが経た感覚なのかもしれないが、多くが10カ月かけて準備するのに対し、私たちは何せ3週間ほどだ。親になるってどういうこと-? 本当になれるのか-
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