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<EYES> 教育哲学者 苫野一徳 世界を学ぶ機会だが…

2022年5月19日 05時05分 (5月19日 10時23分更新)
 1991年1月、国連安保理決議に基づき米国などの多国籍軍がイラクを空爆し、湾岸戦争が勃発した。当時、私は小学6年生だった。担任の先生がクラスでこのテーマを取り上げ、自身の考えを話されたことが記憶に残っている。
 子ども心にこの戦争は強烈なインパクトを与えたが、同時に、先生が教室で語った姿もとても印象的だった。何か大きな世界史的事件が起きている。そのことについて、先生もまた懸命に考えている。学校での学びが現実世界と強く結びついていることを実感できた体験だった。
 今回のウクライナでの戦争についても、多くの先生はこれを子どもたちとどう話し合えばよいか、きっと考えたと思う。改めて、歴史や国際社会の現状を勉強したという先生も少なくないだろう。
 高校では本年度から「歴史総合」という科目が始まった。選択科目として「世界史探究」「日本史探究」もできた。目指すのは、いわゆる脱暗記、生徒が自ら「問いを立てる」ことを中心に進める学びである。「ロシアはなぜウクライナに侵攻したのか?」といった問いは、生きた学びとして格好の題材になるだろう。
 他方で、子どもたちへの十分なケアを忘れないようにしたい。毎日、テレビやネットで凄惨(せいさん)な映像が流されることで、多くの子どもは、時に無自覚に、心に大きな傷を受けている。とりわけ幼児期は、いわば半ば「夢」の中を生きる時期である。その夢を、悪夢で覆い尽くさないようにしたい。
 今回の戦争は重要な学びのテーマになる。だからこそ、子どもたちの表情をよく見、声をよく聞き、慎重に扱い方を考えながら、意義ある学びの機会を共にすることができればと思う。

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