コンビニ国内1号店は愛知県春日井市のココストア藤山台店? 豊中、豊洲…複数の候補を追った【企画・NAGOYA発】
2022年5月19日 11時40分
◆「発祥の地」と記された銘板が店頭に
第6回「日本初のコンビニはどこか?」
日本初のコンビニエンスストアは諸説ある。その1つが名古屋市に隣接する愛知県春日井市に存在した『ココストア藤山台店』で1971年7月に開業した。2016年11月に閉店したものの、営業していた当時は「日本のコンビニエンスストア発祥の地」と記された銘板が店頭に設置されていた。コンビニ国内1号店とされる店舗は開業時の営業形態などの違いで複数の候補がある。日本初は果たしてどこか―。(鶴田真也)
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◆ココストアの直営モデル店
【ココストア藤山台店説】ココストア藤山台店は春日井市の高蔵寺ニュータウンに存在していた。
ソニー創業者の盛田昭夫氏の弟で酒造会社『盛田』(名古屋市)の社長などを歴任した故盛田和昭氏が中心となってコンビニチェーンのココストアを立ち上げ、直営モデル店として1971年7月に開業した。
売り場面積は99平方メートルで、当初の営業時間は午前9時30分~午後10時。米国で視察したコンビニの外観を模して波形の屋根にしたという。
売り場面積は99平方メートルで、当初の営業時間は午前9時30分~午後10時。米国で視察したコンビニの外観を模して波形の屋根にしたという。
2010年には「日本のコンビニエンスストア発祥の地」の銘板が店頭に設置され、「当店は1971年7月11日に日本のコンビニエンスストア1号店としてオープン致しました」などと刻まれていた。
◆同年11月に閉店し45年の歴史に幕
ココストアは2015年にファミリーマートに吸収合併されるが、それを機に1号店は別会社に譲渡。16年9月に『タックメイト藤山台店』として再出発するも同年11月に閉店し、45年の歴史に幕を下ろした。
当時の店舗は残っているが、現在は空き家となっており、銘板も取り外されている。旧ココストアの親会社で和昭氏が会長を務めた酒類卸会社『盛田エンタプライズ』の担当者は「銘板については会社で保管している」としている。
当時の店舗は残っているが、現在は空き家となっており、銘板も取り外されている。旧ココストアの親会社で和昭氏が会長を務めた酒類卸会社『盛田エンタプライズ』の担当者は「銘板については会社で保管している」としている。
◆開業時からコンビニの形態
ココストアの業態は当初は加盟する小売店が共同運営するボランタリーチェーン方式で、母体の酒類卸会社と取引があった酒販店が中心だった。その後でチェーン本部を設け、フランチャイズ店の開拓を図っていった。現在の主流となっているフランチャイズ方式とは、本部が主体となって運営する業態のことだ。
経産省によるコンビニの定義は、次の4条件で「営業時間は1日14時間以上」「売り場面積は30平方メートル以上で250平方メートル未満」「飲食料品を扱う」「商品を客がレジに持ち込むセルフサービス方式」となっている。
経産省によるコンビニの定義は、次の4条件で「営業時間は1日14時間以上」「売り場面積は30平方メートル以上で250平方メートル未満」「飲食料品を扱う」「商品を客がレジに持ち込むセルフサービス方式」となっている。
その一方で中小企業庁が72年に刊行した『コンビニエンス・ストア・マニュアル』では営業時間の定義について「地域内のスーパーマーケット、一般小売店よりも長く、年中無休を原則とする」と記されており、12時間半の営業時間だった藤山台店は開業時からコンビニの形態だったと見なすことができる。
業界誌『月刊コンビニ』などの編集長を務めた流通ジャーナリストの梅沢聡さんは「その後チェーン化に成功した、今あるようなコンビニを念頭に国内1号店はどこかと問われたら、ココストア藤山台店になるでしょう」としている。
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◆藤山台店よりも2年近く早い
【マミイ豊中店説】国内1号店として他に有力視されるのが大阪府豊中市にあった『マイショップ マミイ豊中店』だ。同市千里園3丁目の千里川沿いにあった。1969年3月の開業でココストア藤山台店よりも2年近く早い。
経営は兵庫県尼崎市に本部を置いたボランタリーチェーン『協同組合マイショップ・チェーン』で、店頭に「コンビニエンスストア」と明示して営業した。こちらも開業前に関係者が米国のコンビニを視察している。
経営は兵庫県尼崎市に本部を置いたボランタリーチェーン『協同組合マイショップ・チェーン』で、店頭に「コンビニエンスストア」と明示して営業した。こちらも開業前に関係者が米国のコンビニを視察している。
建物は2階建てで1階は『大成ストア』の名称で生鮮食品売り場が設けられており、2階をマミイとして開設し、生鮮食品以外を扱った。月刊コンビニ(2006年9月号)によると、売り場面積は50坪(約165平方メートル)だったという。現在は閉店し、建物もなく、跡地は駐車場になっている。
梅沢さんは「米国のコンビニを視察した人たちが、わが店こそ既存のミニスーパーとも異なるコンビニエンスな新しい店と意識した点を評価すれば、マミイ豊中店もコンビニになるかと思うが、売り場の様子から判断してコンビニと見なさない識者もいた」と言う。
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◆プロジェクトXは豊洲が1号
【セブン―イレブン豊洲店説】このほか1974年5月に東京都江東区豊洲にオープンした『セブン―イレブン豊洲店』を発祥とする意見もある。セブン―イレブン・ジャパンの公式ホームページでは「本格的なフランチャイズのコンビニエンスストアとしては日本初となる」との注釈がつけられている。
2000年10月にNHK総合で放送されたドキュメンタリー番組『プロジェクトX~挑戦者たち~』では「セブン―イレブンの日本展開」として豊洲店が特集され、冒頭のナレーションでは「今や全国5万店に広がった日本のコンビニの第1号店」と紹介された。
2000年10月にNHK総合で放送されたドキュメンタリー番組『プロジェクトX~挑戦者たち~』では「セブン―イレブンの日本展開」として豊洲店が特集され、冒頭のナレーションでは「今や全国5万店に広がった日本のコンビニの第1号店」と紹介された。
なお、豊洲店の開業前の1972年時点で岐阜市内に『セブンイレブンうめや』の店名のコンビニが存在していた。ただし、総合スーパー大手のイトーヨーカ堂が設立した“本家”のフランチャイズ・チェーンとは関係ない独立系店舗で酒販店が経営していた。現在は店舗は取り壊され、行政法務事務所などが入るビルが建っている。
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【このほかの説】1970年5月に『Kマート』が大阪市・十三に実験店を開業したとの記録が残っている。本格的にコンビニチェーンとなる前に食品スーパーを展開していた経緯があり、当時の店舗は現在のミニスーパーに近かったともいわれる。
ちなみに現在も営業を続けるコンビニで最古の店舗が北海道に残っている。札幌市北区に71年8月にオープンした『セイコーマートはぎなか店』だ。北海道を中心にチェーン展開するセイコーマートの1号店で、ココストア藤山台店よりも開店がわずか1カ月遅かった。
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