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ソーシャルスキルを育む異年齢集団の学び(中) なぜ今? 北海道大・川田学准教授に聞く

2022年5月20日 17時57分 (5月20日 17時57分更新)

<WEB特集>ソーシャルスキルを育む異年齢集団の学び
(上)岐阜市・名古屋市のイエナプラン導入校リポート
(中)なぜ今? 北海道大・川田学准教授に聞く
(下)世界遺産の村は9学年縦割り…仕掛け人は岐阜市の教育長に

 日本の学校教育における異年齢集団での学びはこれまで、山間地や島嶼部などの小規模校で、1、2年生合わせて1クラスといったような「複式学級」において実践されてきた。一方、子どもの多様性を大切にしようとする近年の学校改革の流れのなかで、都市部でも異年齢集団での学びを取り入れる学校が現れている。こうした傾向について、北海道大学大学院教育学研究院 子ども発達臨床研究センターの川田学准教授に聞いた。(聞き手・宮崎厚志)

北海道大学大学院教育学研究院 ・子ども発達臨床研究センターの川田学准教授(本人提供)



同年齢の学級編制は明治以降


―今、異年齢集団での学びへの注目が高まっています
 そもそも、学年別の編制はすごく人工的なやり方で、人間の歴史を振り返ってみると、ごく最近の特殊な集団構成なのです。
―江戸時代の子どもたちが通った寺子屋も異年齢でした
 実際の生活年齢や発達年齢には個人差があります。明治の近代学校もはじめはここまで細かく分かれていませんでしたが、だんだんと効率を重視するようになっていきました。だいたいの年齢で切れば外れないだろうと。習熟度別みたいなやり方もありえるとは思いますが、日本ならではの効率性と平等性を求めた結果なのでしょう。
―それが近年の個別最適化の流れの中で捉え直されています
 学習面に限らず、異年齢構成にする理由には一人一人を丁寧に見るということがあります。また、年齢が上下の縦の関係、同年齢の横の関係、それを組み合わせた斜めの関係と、多様な関係性を築くことができるのも、すごく魅力的な点です。

変わる放課後の過ごし方


―一方で、学校外では子どもたちが異年齢で過ごす機会の減少が指摘されています
 かつては地域の子どもたちが自然と道ばたや公園に集まって、年齢関係なく遊ぶ風景が多く見られました。しかし今の子どもたちは、放課後の過ごし方がまったく変わったと思います。兄弟姉妹の数が減ったこともありますし、習い事・塾に行くことが一般的になり、日常的な遊び相手がいない子が多くいます。また、モータリゼーションによる交通事故のリスクや、いわゆる「不審者」の存在など、安心して子どもだけで地域で遊べる環境が減ってきたと思います。
―子どもを取り巻く社会の変化が大きいと
 高度成長期以前は、農業などの一次産業従事者が多く、商業も小売り店中心でした。つまり子どもが遊ぶ自宅の周辺に、子どもに目配りできる大人がいたわけです。その後の高度成長期以降の父親がサラリーマン、母親が専業主婦という時代も、母親による子どもたちを見守る目がありました。しかし現在は、地域で子どもを見守る大人や年長者との関係性が弱くなっています。親と先生以外の人間関係のチャンネルが、極度にやせ細っているのです。

異年齢集団でドッジボールをする岐阜市の則武小学校の子どもたち

異年齢でもうまくいかない場合も


―そうなると、学校の果たす役割が一層大きくなりますね
 学校や保育園・幼稚園でどのような人間関係を結んでいくのかは非常に重要です。例えば異年齢保育・教育の本質を捉えている園では、子どもたちは保育士や教員を「先生」と呼ばず、あだ名や名前で呼ぶ例が多く見られます。同じ生活者という関係性だからです。同様に学校教育でも教員の役割の変容が求められています。イエナプランを導入しているような学校では、教員と生徒の対等な人間関係を目指されているのではないでしょうか。
―川田准教授は「少子化時代において、異年齢は無視できない人の育ちの条件」と書いています
 そうですね。ただ、社会で生きる力は異年齢でなければ育めないわけではありません。年齢別でも関係性の作り方によってはできなくはない。また、形式的に異年齢の集団を作ってもうまくいかない場合があります。上の子が下の子を支配するような関係性が生まれたり、上の子の刺激が少なくつまらなくなってしまうことなどです。異年齢集団で何を目指すのかをきちんと考えていないと、息苦しくなってしまいます。

大人に評価されない場を


―目指すべき子どもたちの関係性は、どういったイメージでしょうか
 子どもに限らず人間は、関係性によってできることや力の出し方が変わります。単一の「自分」ではないのです。かつては放課後に子どもの世界がたくさんあって、魚捕りだったり、秘密基地作りだったり、それぞれが自分の持ち味を発見できる隙間がありました。子どもたちは同級生との比較だけで「自分は得意なことが何もない」と絶望しなくて済んでいたのです。
 一方で現在は、学習でも運動でも大人が評価者になってしまい、子どもはその眼差しから抜けられない。発達障害とか、ユニークなところがある子は、なおさらそう感じやすいのです。日本の子どもは自己肯定感が低いというデータがありますが、小さいときからセルフラベリング、つまり自分を狭く固めてしまっているのではないでしょうか。もっと自分の可能性を感じられることが大切です。同学年・同年齢の集団でも、多様な関係性を意図的に作り出すことは可能です。

―多様な関係性の集団の中でこそ、自分の可能性が広がるということですね
 そうです。異年齢集団では、苦手なことがある子や、障害のある子も、良い意味で目立たなくなります。子どもたち一人一人が、自分らしくいられる場所や相手を見つけやすくなると言えるでしょう。
 
(宮崎厚志)<記者のページ>

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