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継ぐ鷹匠の心意気 浜松出身20歳、沢下さん

2022年5月17日 05時05分 (5月17日 09時41分更新)
ハリスホークを手に乗せる沢下由梨江さん=東京都青梅市で

ハリスホークを手に乗せる沢下由梨江さん=東京都青梅市で

 徳川家康はじめ徳川将軍家に仕えた鷹匠(たかじょう)の技を受け継ぐ諏訪流放鷹(ほうよう)術保存会(東京都青梅市)で、浜松市中区出身の専門学校生、沢下由梨江さん(20)=埼玉県富士見市=が、鷹匠を目指して練習に励んでいる。地元ゆかりの家康が好んだこともあり「歴史を引き継いでいきたい」と夢に向けてまい進している。 (山本晃暉、藤嶋崇)
 「勇敢な見た目とつぶらな瞳のギャップがたまらない」。先輩の鷹匠が飼育するハリスホークを手に乗せ、目を輝かせた。四月上旬、青梅市の御岳山(みたけさん)であった保存会の講習会。沢下さんら受講生は、鹿の革を使ってタカ狩り用の手袋作りをした。「革が厚いので大変」と漏らしつつ、楽しげに縫っていた。
 タカ狩りに興味を持ったきっかけは中学三年の頃、スマートフォンで読んだ漫画だった。モンゴルを舞台に、軍に一人で戦いを挑む女戦士と少年の旅を描いた歴史漫画「シュトヘル」。オオワシの活躍に心を奪われた。「人と動物が対等な関係でいる姿がかっこいい」。ワシやタカなど猛きん類の魅力にはまった。
 高校三年の夏、「タカ狩りをもっと知りたい」と両親に伝えた。鷹匠として活躍する女性で、保存会長の大塚紀子さんについても語った。大塚さんの著書を何度も読み返し、鷹匠への憧れは募るばかり。あふれる思いを手紙にしたため、大塚さんに送った。
 しばらくして、手紙に書いたメールアドレスに返信が届いた。講習会に招かれ、保存会に入った。クラーク記念国際高校浜松キャンパスを卒業後、自動車整備を学ぶため埼玉県内の専門学校に進学。青梅市まで往復三時間ほどバイクを走らせ、講習会に通っている。
 沢下さんら入会した門下生は「手明(てあき)」と呼ばれる。二年ほど講習を受けたり、実演を手伝ったりして試験に受かると見習いの「鷹匠補」になる。オオタカの調教など経験を積み、認定試験に合格すれば鷹匠として認められる。
 保存会では現在、鷹匠が二人いる。二十三人の手明や鷹匠補のうち、県内出身は沢下さんだけだ。
 「早く自分のオオタカがほしい」と、自動車用品店などでアルバイトをして、少しずつ貯金している。オオタカの重さに慣れるため、水の入った湯飲みを左手に乗せ、バランスを取って歩く練習などをしている。
 来年三月に専門学校を卒業後は都内で就職し、鷹匠を目指して保存会の活動を続けるつもりだ。「鷹匠になったら、相棒のオオタカと一緒に家康ゆかりの地元、浜松城公園でタカ狩りを披露したい」

◆「古い文化」だがユネスコ対象外

 タカ狩りは、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の無形文化遺産に登録され、アラブ首長国連邦や韓国など二十カ国以上が対象になっている。法的な保護制度の対象になっていないことなどから、日本は含まれていない。
 宮内庁などによると、タカ狩りは四世紀ごろに日本で行われたとの記述が日本書紀にある。明治時代になると、当時の宮内省が徳川将軍家に仕えた諏訪流の鷹匠らを抱え、伝統を継承。外国からの来賓接待で披露するなどした。
 戦後、動物愛護の世論が高まり、宮内庁でタカ狩りをしなくなった。今も同庁職員として鷹師長と鷹師、鷹匠が十人いて、叉手(さで)網を使った鴨猟を続けるほか、保護されたオオタカなどを鴨場二カ所で各一、二羽ほど飼育しているという。
 宮内庁にいた鷹匠から教えを受けた鷹匠が、諏訪流放鷹術保存会や諏訪流古技保存司会(千葉県成田市)で活躍している。その一人、保存会の大塚紀子会長は「核となる行政がない。公的支援をする自治体が増えてほしい」と嘆く。
 タカ狩りに詳しい長野県立大の二本松泰子教授は「ユネスコの無形文化遺産に登録されている歌舞伎や能楽よりかなり古い文化。世界に誇れる水準」と指摘し、日本も対象国を目指し公的な保護に乗り出すべきだと訴える。民間団体に対しても「後継者を育てつつ、一丸となって意義をアピールしてほしい」と求めた。

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