本文へ移動

過疎歯止めを 浜松・佐久間の住民模索

2020年1月30日 02時00分 (5月27日 05時35分更新)

◆原田橋崩落あす5年 来月29日に新たな橋開通

アスファルト舗装が進み、開通に向けた整備が最終段階に入った原田橋=浜松市天竜区佐久間町で

 浜松市天竜区佐久間町の天竜川に架かる国道473号の原田橋が崩落し、市職員二人が犠牲になった事故から三十一日で五年。町の東西を結ぶ新たな橋が二月二十九日に開通するが、この間に交通の不便で過疎化が一段と進んだ。地域にどう人を呼び込むか。住民の模索が続いている。
 愛知県東栄町と接する佐久間町浦川のJR飯田線浦川駅前。「まるで空き家ストリートだ」。近くで理容店を営む乗本和男さん(52)は、人もまばらな通りを眺めてつぶやいた。周囲には閉店した旅館や飲食店、空き家が目に入る。
 大雨や上流のダム放流などによる仮設道路の通行止めは五年間で六十三回、延べ百四十五日に上った。佐久間病院など主要な施設が橋の向こうにある浦川の住民も不便に耐えた。「生活道が断ち切られた五年は長かった」。佐久間町の人口は事故前の四千人余から五年で三千二百人余に減り、高齢化率は60%を超えた。

増えた空き家を利用して移住者を呼び込みたいと話す乗本和男さん=浜松市天竜区佐久間町で

 乗本さんが役員である浦川中心部の町自治会は昨年、移住者を支援する自治会に報償費が支給される市の「ウエルカム集落制度」に登録した。豊かな自然がある浦川に住んでもらおうと、空き家情報をまとめた地図作りを進めている。
 自身は事故後、祖父の代から続く理容店を改装した。好きな俳優エルビス・プレスリーの写真を店内の隅々に張り、カラフルな色調に変え、今では県外から足を運ぶ客もいる。「まだあきらめていない。来る理由がある町にしないと」
 ただ、町の将来を担う子どもの数は急速に減っている。少子化に加え、子育て世帯の流出が続いているためだ。園児が二人だけで市内最少の浦川幼稚園は三月に年長児が卒園し、残り一人になる。今年も来年の春も入園の見通しが立たない。佐々木浩子園長(50)は「橋ができて戻る例もあるだろうが、転出に歯止めがきかない」と話す。二十七人が通う浦川小も二〇二〇年度には初めて二十人を割り、十八人に落ち込む。
 背景には、町内唯一の高校である浜松湖北高佐久間分校の生徒が減り、将来の存続が見通せないことがある。一九年度の新入生は十四人。分校は遠方からも進学できるよう春から寮を再開するが、二年連続で十五人を下回れば次年度の募集停止が議論される対象になる。
 現状は厳しいが、佐久間地区自治会連合会長の高氏秀佳さん(69)は橋の開通を明るい話題と受け止める。「地元のNPOを中心に何とかしようという機運も出ている。にぎわいとまでいかなくても、安定した暮らしができるようにしたい」と意気込む。
(島将之)
 <原田橋崩落事故> 2015年1月31日午後5時10分ごろ、浜松市天竜区佐久間町の国道473号の原田橋が土砂崩れによって崩落。右岸の斜面が高さ70メートル、幅30メートルにわたり崩れた衝撃で橋げたごと落ちた。当時橋の上で斜面の落石を監視していた市天竜土木整備事務所の安野彰恭さん=当時(57)、茶谷富士雄さん=同(45)=が死亡した。

関連キーワード

PR情報