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<望郷の空 沖縄本土復帰50年>(下)普天間に生まれて 名古屋の三線奏者 上運天有二さん(60)

2022年5月15日 05時05分 (5月15日 05時06分更新)
平和を願って三線を手に歌い続ける上運天有二さん=名古屋市名東区で(森研人撮影)

平和を願って三線を手に歌い続ける上運天有二さん=名古屋市名東区で(森研人撮影)

 三線(さんしん)奏者の上運天有二(かみうんてんゆうじ)(60)=名古屋市名東区=は今月五日、仲間のギタリストと三重県四日市市であった沖縄関連イベントのステージに立った。オープニングでオリジナル曲「普天間」をしっとりと歌い上げると、客席に語りかけた。
 「今年は復帰から五十年。当時をよく覚えています。ドルを使って、車は右側通行、道路標示はマイル…。アメリカ式の沖縄だった。そんな中、復帰に向けてみんなで歌ったのが『沖縄を返せ』という歌です」
 一九六一(昭和三十六)年、上運天は沖縄県宜野湾市普天間で生まれた。自宅は米軍基地の滑走路のすぐ近く。空を飛ぶ軍用ヘリのパイロットの顔が見えた。ヘリが離着陸する騒音で授業は中断し、校庭に不時着したこともある。「今考えれば理不尽だけど、当時はそれが普通だった」
 高校卒業後、名古屋市の造園会社に就職。「基地も米兵の姿もない静かな街」が心地よかったが、言葉や文化が異なる環境に苦しんだ。尾張なまりの年配の職人とは思うように意思疎通できず、集団就職ではなかったので近くに友達もいなかった。
 そんな時、喫茶店で流れていた沖縄民謡に耳を奪われた。同じ頃、実家に電話すると...

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