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「ミロ展 日本を夢みて」 ジャポニストの"詩心" 

2022年5月14日 06時00分 (5月14日 06時00分更新)
1966年の来日時、東京・日本民藝館で「曽我物語屏風」を鑑賞するミロ

1966年の来日時、東京・日本民藝館で「曽我物語屏風」を鑑賞するミロ

  • 1966年の来日時、東京・日本民藝館で「曽我物語屏風」を鑑賞するミロ
  • 背後に浮世絵が貼り付けられた肖像画「アンリク・クリストフル・リカルの肖像」
ⒸThe Museum of Modern Art, New York.Florene May Schoenborn Bequest, 1996/Licensed by Art Resource, NY ⒸSuccessió Miró/ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2022 E4304
  • ミロがもっていた日本の民芸品の一つ「讃岐高松の鯛狆」
Fundació Pilar i Joan Miró a Mallorca Photographic Archive
20世紀を代表する芸術家ジュアン・ミロ(1893~1983年)。原色の躍動する表現世界は、抽象作家の中でも高い知名度と人気を誇る。とりわけ近年脚光を浴びているのが、日本文化への深い造詣に根ざした作品群だ。愛知県美術館(名古屋・栄)で開催中の「ミロ展 日本を夢みて」から、日本との関係をひもといてみたい。(宮崎正嗣)

禅や書から着想

 日本でミロが紹介されたのは1920年代の後半。40年には、美術批評家で詩人の滝口修造(03~79年)により、世界初のミロ論が刊行された。このころミロは、人間の内面を掘り下げて無意識の世界を表現しようとする「シュールレアリスム」の画家としてパリで活躍。ミロがいち早く高く評価された国の一つが日本だった。
 「緩やかなジャポニスト(日本文化の愛好者)としてのミロに注目してほしい」と話すのは、展覧会の企画に協力した慶応大の松田健児准教授(スペイン美術)。ミロが生まれ育ったバルセロナでは、19世紀末から20世紀初頭にかけ、日本趣味「ジャポニスム」が流行していた。ミロは、友人の肖像画に浮世絵を貼り付けるなど、パリで注目される前から、ジャポニスムの影響を少なからず受けていたという。
 生涯で残した作品には、禅や書から着想を得たと思われるものがたくさんある。だが具体的に誰を通じ、何をどう取り入れたのかは、あまり研究されてこなかった。松田さんは約七年前から、バルセロナの研究者とともに資料を調査。その結果、ミロは日本に滞在していたスペインの芸術家らを通し、書物や民芸品に触れ、日本文化への理解を深めたことが分かってきた。

民芸運動に共鳴

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