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<by小中学生記者>沖縄本土復帰50年に迫る㊦
戦場にされた島は今も「戦場」のまま

2022年5月13日 11時00分 (5月13日 11時00分更新)
 「なぜ米軍基地がなくならないのでしょうか」。沖縄が日本に復帰してから15日で50年。沖縄に生まれ、平和運動を続ける山城博治さん(69)に、小中学生記者11人がオンライン取材で疑問を投げかけました。ロシアのウクライナ侵攻が世界に緊張をもたらす中、「この島は今も戦場」と語る山城さんの言葉の意味や、思い描く理想の沖縄とはー。

辺野古新基地建設断念を求める集会に参加する山城博治さん(沖縄平和運動センター提供)

サンゴの海にもまた基地が…

 -なぜ沖縄から米軍基地がなくならないのですか。
 五十年前は基地がなくなると思いましたが、結局なくなりませんでした。沖縄が基地を望んでいるのではありません。沖縄は日本の面積のたった0・6%でしかない。なのに、在日米軍専用施設の七割が集中しています。それどころか、サンゴの海にまた基地を造ろうとしています。新種の可能性のある生物もたくさん見つかっているのに。

米軍普天間飛行場の移設先、沖縄県名護市辺野古沿岸部。手前右は軟弱地盤が存在する海域=2022年2月に撮影

 今、ロシアがウクライナに戦争を持ち込み、米国は警戒を強めています。また、世界的な戦争が始まるかもしれないという恐怖があります。

軍隊を持ち込んで、平和はつくれますか

 -基地問題に対して私たちには何ができますか。
 私は、毎日のように基地の前でマイクを持って活動しています。沖縄には約百四十六万人が住んでいて、基地は沖縄本島の面積の14・6%を占めています。島の真ん中にあるので道路も通せないし、経済発展もできません。このいびつさは、何だろうと思っています。
 「平和をつくる」というのはどういうことなのか、ということも考え続けています。私の島は戦場にされたし、今も「戦場」になっています。軍隊を持ち込み、相手を恐怖に追い込んで、平和をつくれるというのでしょうか。
 人は、腹を割って話すなどして初めて友情が生まれます。米国は沖縄に基地を造っておいて、中国やロシアに「仲良くしようぜ」と言っても、無理なのではないでしょうか。日本も基地を整理するなど、平和に対するメッセージを発信してほしい。ぜひ、このことは皆さんも一緒に考えてほしいです。

理想の沖縄 古来と変わらない

 -山城さんが考える「理想の沖縄」とは。
 沖縄の民俗思想で「ニライカナイ」というのもあります。広い海の向こうから豊かさがやってくる、といった願いなどがこもっています。
 ロシアの軍隊がウクライナに侵攻し、小学生や中学生まで殺害をしていくなど、とんでもないことが今も世界で起きています。五十年近く前にはベトナム戦争があり、沖縄から飛んだB52が爆弾を放って帰ってきました。戦争の島になるとはどういうことか、嫌というほど経験してます。絶対に忘れない。その思いが平和運動につながりました。
 戦争のない、軍隊がいない、人々が平和に交流する時代になってほしい。古来の願いと変わりません。人々の希望はつながっています。意見交換しながら、これからも互いに学んでいきましょう。(構成・酒井ゆり)

基地残る中の復帰 祝賀ムードなく

 沖縄が米国統治下にあった時代に、沖縄の新聞社「琉球新報」の記者として本土から沖縄へ渡った野里洋さん(79)。当時と今の気持ちを聞きました。

のざと・よう 1942年、金沢市出身。琉球新報では文化部長、社会部長、論説委員長、専務を歴任し、2006年に退社。

 沖縄には大学時代、現状を知ろうと何度も訪れました。米兵は広くてきれいな家に住み、大きな車に乗っていました。かたや沖縄の人は貧しい生活。新聞社に入社したのは「このままでいいのか」との思いからです。
 1967年から東京で勤務し、69年に那覇市の本社へ異動しました。当時、沖縄では「外国人」に当たる本土の人は仕事ができませんでした。私は「復興のために特別な技術を持っている」という理由で許可されました。

50年以上くらし、もうウチナーンチュ

 復帰の日の72年5月15日午前零時10分。米軍嘉手納飛行場で、沖縄の責任者ランパート高等弁務官の乗った特別機が飛び立つのを見送りました。ただ、米軍基地がほとんど残る中での復帰に住民たちに祝賀の雰囲気はなく、複雑な気持ちでした。その後も「基地は少しずつ縮小し、平和な島になるだろう」と思っていましたが、今もかなえられていません。沖縄への基地の集中は、誰が見てもおかしい。本土の人も理解してほしいです。
 復帰後に一部の基地が返還され、行政や金融機関などが集まる新都心などの整備が進んでいます。海外の人も観光に訪れています。将来は軍事から経済に切り替わるといい。私は50年以上、強烈な太陽を浴び、おいしいものを食べてきました。もうウチナーンチュ(沖縄の人)だと思っています。(聞き手・加藤祥子)

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