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ビキニ被ばく乗組員・愛吉さんのバラ脈々

2020年5月9日 16時00分 (5月27日 05時34分更新)

◆島田の粕谷さん宅で挿し木初開花

開花した「愛吉・すずのばら」=8日、島田市東町で

 米国の水爆実験で一九五四年にビキニ環礁で被ばくした焼津市のマグロ漁船「第五福竜丸」の乗組員で、被ばくの半年後に亡くなった同市の久保山愛吉さん=当時(40)=が生前、自宅の庭に植えたバラから分けられた挿し木が今年、初めて花を咲かせた。昨年に挿し木を引き取って世話をする島田市の粕谷たか子さん(70)は「こんな大変な世の中でも、美しい花を咲かせてくれた」と喜ぶ。
 バラは愛吉さんの死後、妻のすずさん=享年七十二=が一九九三年に亡くなるまで、形見として大切に育てたことから「愛吉・すずのばら」と呼ばれ、平和の象徴として尊ばれてきた。
 挿し木は三十年前、高知県の高校生たちが第五福竜丸の乗組員の話を聞くために静岡県を訪れた際、すずさんに「バラを分けてほしい」と要望し、翌年に高知県に渡った。すずさんの死後も、同県内の個人の庭や博物館で受け継がれた。
 昨年夏、原水爆の廃絶を訴える「日本母親大会」の全国集会が静岡市で開かれたことを記念して、挿し木は高知県から静岡県内に戻ってきた。大会の県実行委員長の粕谷さんが持ち帰り、自宅で育て始めた。
 十センチ程度で枝も細かったが日当たりが良く、通りかかった人が見られる庭に植えた。冬の寒さに耐えられるように、バスタオルで風よけ。粕谷さんはバラを栽培した経験はなかったが、毎日様子を見ては、元気に育つように願いを込めた。
 初めて花が開いたのは今年の二月二十七日。第五福竜丸が被ばくした三月一日の「ビキニデー」の三日前、一輪だけ咲いた。焼津市でのビキニデーの集会は新型コロナウイルスの感染拡大で急きょ中止になったが、粕谷さんは当日、花の写真を愛吉さんとすずさんが眠る焼津市の墓に手向け、「きれいな花が咲きました」と報告した。
 二度目の開花は今月二日。最初に花が咲いた時、二十センチほどだった挿し木は百三十センチを超えた。淡いピンクの花が三輪開き、つぼみも十個ついた。
 さらに大きくなったら、平和の象徴として、ほかの人にも挿し木を分けよう-。粕谷さんは、そうやって「平和への思いをつないでいきたい」と考えている。
(保坂千裕、写真も)

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