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元竜戦士トリオで初の甲子園導く 小島弘務さんが浜松開誠館高コーチに就任 モットーは「選手に寄り添う心」

2022年4月22日 05時00分

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選手にノックをする小島さん

選手にノックをする小島さん

 元中日投手で前追手門学院大監督の小島弘務さん(54)が、4月から浜松開誠館高(浜松市中区)のコーチに就任した。同校を率いるのは、元中日外野手の佐野心監督(55)。元中日投手の古池拓一コーチ(51)も在籍しており、元竜戦士トリオが力を合わせ同校初の甲子園を目指す。
     ◇
 大学野球の監督から高校野球のコーチへの転身。加えて、京都出身の小島さんにとって浜松は現役時代に遠征で訪れたぐらいで、ほとんどなじみのない土地への転居となったが迷いはなかったという。追手門学院大監督の退任を知った佐野監督からコーチ就任を依頼されると即答。常葉学園菊川(現常葉大菊川)高時代に部長として春のセンバツ制覇(2007年)、監督として夏の甲子園で準優勝(08年)した実績を持つ男の右腕になることを決意した。
 小島さん招聘(しょうへい)を佐野監督が決めたのは、人生経験が豊富なところだという。NPBでは中日、ロッテで9年、先発、救援両方でプレーしただけではない。駒大中退後に住友金属に入社するまでと、協約違反が発覚し、西武のユニホームを脱がされた後の中日入りまでと2度も浪人生活も経験した。
 引退後は大学野球監督のほか焼き肉店を経営したこともあった。「彼は武骨な昭和の男。そんなところを選手たちに何パーセントでも取り入れてほしい」と話す。
 佐野監督は同校の社会科の教師でもある。校務で忙しい時は、約8キロ離れたグラウンドでの練習に遅れたり、足を運べない時もある。そんな時も大学で7年間、監督を務めた小島さんがいれば「安心して任せられる」と話す。
 佐野監督の高い評価に小島さんは「頑張ります」と苦笑するが、かつて西武の根本陸夫管理部長(故人)に教えられたモットーは変えるつもりはない。それは「自分のことは横に置いて、選手に寄り添う心」だ。
 「選手一人一人、性格も技量も違う。だから何が今、足りないのか一緒に考えていきたい」。その指導法で、2部が多かった追手門学院大を2度、1部に昇格させ、退任した時は選手が自主的に送別会を開いてくれたというのだから、間違いではないだろう。
 浜松開誠館高の野球部は1998年に創部され今年で25年目。中村紀洋現中日1軍打撃コーチを非常勤コーチとして招聘するなど強化に努めているが、戦績は一昨年の静岡県独自大会で準優勝したのが最高。甲子園とは縁がないが年々一歩一歩、力をつけていることは疑いない。まずは今年の夏。夢の実現に向け、小島さんは佐野監督を全力でサポートする。
 ▼小島弘務(こじま・ひろむ) 1967年10月30日生まれ、京都府出身の54歳。平安(現龍谷大平安)高、駒大(中退)、住友金属に在籍した後、90年に西武にドラフト外で入団したが、大学中退選手は高卒扱いで、3年間はプロ入りできないと後に判明。一度、ユニホームを脱ぎ、改めて翌91年に中日のドラフト1位で入団した。98年にロッテに移籍、2000年に台湾でプレーした後、現役を引退した。NPB時代の通算成績は167試合に登板し、19勝15敗8セーブ、防御率3・60。15年からは、阪神大学野球連盟の追手門学院大(大阪府茨木市)の監督に就任。最初のシーズンで2部から1部に昇格させた。

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