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【足木敏郎さんを悼む】61年間在籍、まさに「中日の生き字引」人脈に記憶力…超人と言うしかない

2022年4月19日 14時10分

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足木敏郎さん

足木敏郎さん

 中日の渉外担当(部長)などを歴任した足木敏郎さんが19日午後1時6分、名古屋市内で老衰のため死去した。87歳。愛知県豊橋市出身。葬儀・告別式は未定。豊川高(愛知)から1953年に当時の名古屋軍(中日)に入団。現役は2年で引退したが、トレーナー、マネジャー、広報、外国人選手を獲得する渉外担当を歴任して、ケン・モッカ、アロンゾ・パウエルらを獲得。2013年の退団まで、異例の61年続けて在籍し、54年から11年まで9度の優勝を1人だけ、選手、球団職員として経験した。09年には中日新聞から「ドラゴンズ裏方人生57年」を出版した。
【足木さんを悼む】
 足木さんに、座右の銘を聞いたことがある。答えは「みこしに乗る人かつぐ人。そのまたわらじを作る人」。足木さんの人生を語るに、これほど的確な言葉はなかった。
 選手生活をわずか2年間で終えた後、裏方として在籍期間は計61年にも及んだ。それだけでもすごいが、全ての職種をそつなくこなし、球団を裏方として支えたのだから、超人と言うしかない。
 私個人とは、30年以上の付き合いだったが、怒った顔を見たことは一度もない。こんな性格だから、足木ファンも多かった。
 10年以上前、足木さんの生涯をまとめた本を出版させていただいたが、この時、腰を抜かすほど驚いたことがある。「せっかく本にしていただいたから、私も売ってきます」と言うと、約10日で500部を一気にさばいてしまった。「いったいどれほどの人脈があるんだ」とあぜんとした。
 もうひとつ、驚異的だったのが記憶力。携帯電話の電話帳機能などを使わずとも、誰の電話番号もすぐに言えた。理由を聞くと「選手の愛人宅の番号なんかメモに書けないでしょ。だから覚えるしかないんです」とサラリと言った。
 元中日投手の権藤博さんが「足木さんは『球団の生き字引』だよ」と評していたが、まさにその通り。前回の本は、表立っては書けないことは控えたが「次回は裏話を中心にもう1回、書きましょう」と持ちかけ、快諾を得ていた。それが幻と終わったことが、残念でならない。(前田道彦)
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