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第37話「上菅一丁目交差点」(4)就労支援リセ

2022年4月16日 05時00分 (4月16日 11時47分更新)
昼食の準備をする利用者に声を掛ける西川さん=名古屋市名東区よもぎ台で

昼食の準備をする利用者に声を掛ける西川さん=名古屋市名東区よもぎ台で

 おととしの暮れ。名古屋市名東区の上菅(かみすげ)一丁目交差点に新しい施設が仲間入りした。西角に立つ二階建ての「就労支援リセ」。主に精神面で不調を抱えた人の、職場復帰や就職を手助けする。
 平日の日中、性別も年代もばらばらの人たちが通う。心を病んで休職している人もいれば、初めて社会に出るために準備をしている発達障害の若者もいる。
 昼食は献立づくりも含め、利用者が職員と協力して手づくりするのが決まり。四月初めのお昼ごろ、会社を休職している五十代の男性が台所に立っていた。きょうのメインは贅沢(ぜいたく)にビーフシチュー。包丁でニンジンやタマネギを切り始め、「なかなかうまくはいきません」。若干ふぞろいな大きさの野菜を見て、男性は照れくさそう。
 「会社を休む前とは別人みたい。そんな表情が見られて良かったわ」。かたわらで、施設長を務める精神科医、西川菜摘さんの目尻が下がった。
 自分の息子にも年齢を明かしていないという西川さんは、経歴もちょっと変わっている。福岡県出身。名古屋大教育学部を卒業後に結婚し、夫と名東区内で個別指導に特化した中高生向けの学習塾を開設した。
 生徒に接するうち、家庭環境や不登校など、心に根深い問題を抱える子が少なくないことに気付いた。「勉強以前に、手助けすべき問題がたくさんあるのでは」。一念発起して受験勉強し、九カ月後に名古屋市立大医学部に合格。在学中に出産も経験し、七年がかりで二〇一三年に医師免許を取得した。
 病院の精神科医や企業の産業医として働く中、転機は再び訪れた。三年ほど前、主治医として診ていた統合失調症の男性患者がいた。状態が安定し、社会復帰に向けて就労支援施設を利用したいと申し出があり、喜んで送り出した。が、しばらくすると連絡が途絶えた。再びうつ状態になり、電話に出られないほど深刻な状況に逆戻りしてしまった。
 「毎日通っていたのに、なぜ主治医の私に不調を知らせてくれなかったのか」。西川さんは施設の対応に憤った。同時に、状態が安定すれば自然と患者との接点が減ってしまう、医師という職に限界も感じた。「治療から社会復帰への過程、さらにその後まで、ずっと寄り添える存在でありたい」。リセをオープンさせたのは、そんな願いからだった。
 開所から一年四カ月。これまで四十人ほどの利用者が通い、実際に社会復帰にこぎつけた人もいる。
 ビーフシチューを作っていた男性は一月、勤務先の産業医をしていた西川さんと出会った。景気の影響で長年キャリアを重ねた部署から異動になり、慣れない仕事と、そりの合わない上司との間で心をすり減らす日々。苦しい時期が一年以上続いていたが、男性は漫画「あしたのジョー」を引き合いに、「体はぼろぼろだけど、心だけは『おっちゃんタオルは投げるなよ』って強がっていた」。休職するつもりはなかった。
 だが、西川さんは「これ以上は無理。一度リセットしましょう」ときっぱり。即座に休職を促した。「これだけ自信を持って的確に判断を下す。こんな人なら信じてみよう」。男性はリセに通いだし、最近は冗談が言えるまでに回復した。
 「遠回りしてしまったって思いがちだけど、決してそうじゃないよ」。西川さんはこの男性だけでなく、どの利用者にもそう声を掛ける。はたからは回り道にも見える、自らの歩みと重ね合わせている。

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