弁天島遺跡 海底に沈んだ弥生時代の集落

2019年6月28日 02時00分 (7月20日 14時53分更新)
 舞阪町(浜松市西区)弁天島蓬莱園の東側の浜名湖の底に、全国的にも珍しい海底遺跡があります。
 この遺跡は、普段は湖の底に沈んでいますが、潮が引いた干潮の時になると、水面に現れることがあります。
 「あの辺りで網を引くと、古い土器が割れたような物がかかることがある。わざわざあそこまで行って捨てた人はいないと思うが…」「湖の底に木枠のような物を見た人もいる。いったい何があるのだろう」

 漁師の間では、漁の網に湖にあるはずがない物がかかることが時々あり、湖の底に何らかの人工的な物があることは、古くから知られていました。
 1963(昭和38)年に地元の人が、湖の底から土器と漁に使う網のおもりに使われた土錘を発見し、遺跡があることが広く知られるようになりました。
 1967(昭和42)年と1975(昭和50)年の2度にわたり静岡大学による発掘調査が行われました。弥生土器をはじめ、土錘、陶器製の網のおもり陶錘、大昔に使われた井戸の枠などがあることが確認され、「弁天島海底遺跡」と名前が付けられました(現在は、「弁天島遺跡」と呼ばれています)。
 調査の結果、遺跡は南北100メートル、東西70メートルの広さで、弥生時代中期(約2000年前)から7世紀(約1400年前)にかけて集落が営まれていたことが分かりました。
 人々が海底遺跡があった場所で生活していたころは、今の浜名湖の南側の多くは陸地で、弁天島遺跡の辺りは旧舞阪町内では最も古い稲作をした集落の跡だったことも分かりました。
 浜名湖の湖面は、奈良時代(約1300年前)のころから広がり始め、弁天島遺跡など、浜名湖の南にあった遺跡は湖の底に沈んでしまいました。
 大昔の遺跡が、今でも浜名湖の底に残っているのは、不思議ですね。
<もっと知りたい人へ>
参考文献:『浜名湖弁天島海底遺跡発掘調査概報』舞阪町教育委員会
見学場所:舞阪郷土資料館…西区舞阪町舞阪2668-56

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