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東海テレビに受け継がれる「昼ドラ」の制作魂 台風被害を再現…10トンの水を使った壮絶シーンも【企画・NAGOYA発】

2022年4月7日 11時42分

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数々の意欲作への思い出を語る東海テレビの市野直親東京制作部長

第5回「東海テレビ・昼ドラ」その3
◇市野直親・東京制作部長に聞く
 1964年にスタートした東海テレビ制作の「昼ドラ」はキー局の編成の都合もあり、2016年に終了した。それでもそれまでのノウハウを生かして現在は毎週土曜午後11時台の「土ドラ」の制作を続けている。東海テレビの市野直親・東京制作部長(51)に、先人から受け継いできた制作魂について聞いた。
  ◇  ◇  ◇
 市野さんは1999年から昼ドラの制作に携わっている。初代プロデューサーの故・出原弘之さん、数々のヒット作を生んだ鶴啓二郎さん現エグゼクティブプロデューサーらの薫陶を受け、制作の極意を伝授された。
 「日々の生活の中にドラマがあると言われ続けました。釣り好きでもあった出原さんからは『魚が釣れないのはお客さんのいないところに餌を垂らしているから』と。常にテレビの向こうにいてくれる方々のことを考えなさい。2時間ドラマを切って並べるのではなく毎日が勝負だと教わりました」
◇初めての担当は『新・愛の嵐』
 自身がプロデューサーとして初めて担当したのは02年の『新・愛の嵐』。身寄りのない青年(要潤)と令嬢(藤谷美紀)の許されぬ愛を描いた作品で、出原さんが1986年に手掛けた『愛の嵐』(田中美佐子、渡辺裕之主演)のリメーク版だ。
 09年には、死者4697人、行方不明者401人の大災害となった1959年の伊勢湾台風を題材にした『嵐がくれたもの』(岩崎ひろみ主演)にも挑んだ。台風の被害を再現するため、屋外にセットを設け、10トンの水を使った壮絶なシーンも撮影された。
 市野さんは被災地だった知多半島の出身で「この災害が身近にあった。祖母やおばから体験談を聞かされたし、近所の公園には高潮の到達地点が表示されていた。東海テレビが撮影したニュース映像も局内に残っていた。ドキュメンタリーではなくドラマだから、真実としてフィクションで描いた」。当時の新聞や雑誌を調べ、さらに関係者への取材を重ねて脚本に落とし込んだ。
◇急に迎えた終焉…「土ドラ」にシフト
 2010年の『花嫁のれん』ではキャリアウーマンから嫁いだ奈緒子(羽田美智子)と、伝統を重んじる姑・志乃(野際陽子)の壮絶な一方でほほ笑ましくある嫁姑バトルが注目された。シリーズ化もされ、15年まで計205本が制作された。旅館での「おもてなしの心」を描いたドラマは国際交流基金を通じ、世界の20を超える国と地域で『mother in law daughter in law』(義理の母と義理の娘)として放送された。

2010年から4シーズン205回放送された「花嫁のれん」の一場面。ダブル主演となった羽田美智子さん(左)と野際陽子さん(東海テレビ提供)


 東京五輪の招致活動で『おもてなし』という言葉を使ったプレゼンテーションが話題となったが、野際さんは「『花嫁のれん』が先に使っていたのよね」といつも話していたという。
 市野さんは「万国共通の嫁姑問題をコミカルに、人と人とが思い合う気持ちとともに描き、和の部分を含め世界で受け入れられた。NHKの『おしん』も有名ですが、民放ドラマで海外にここまで広がった例は少ないはずです」と胸を張った。
 ただし、昼ドラは急に終焉(しゅうえん)を迎える。16年にキー局のフジテレビのワイドショー拡大に伴い、放送枠がなくなることになった。それでも東海テレビはドラマの制作を継続。土曜深夜の「土ドラ」にシフトし、意欲作を送り続けている。
 「いろいろなドラマを作るたびに新しい価値観を得られました。1人でも多くの方に喜んでいただけるように、変化を恐れず、これからもいろんな新しいことにみんなでチャレンジしていきたいと思います」と、“唯一無二”の昼ドラを作り続けた魂を受け継いでいく。(佐藤芳雄)

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