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原口元気を支え続けた自衛隊1等海尉の兄…『日本のディフェンダー』が語る『日本のフォワード』の成長、成熟

2022年4月5日 06時00分

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原口家の休日のひとこま。原口元気(後方中央)と(時計回りで)父・一(はじめ)さん、母・玲子さん、妹・野恵瑠(のえる)さん、兄・嵩玄(しゅうと)さん=原口さん提供

原口家の休日のひとこま。原口元気(後方中央)と(時計回りで)父・一(はじめ)さん、母・玲子さん、妹・野恵瑠(のえる)さん、兄・嵩玄(しゅうと)さん=原口さん提供

  • 原口家の休日のひとこま。原口元気(後方中央)と(時計回りで)父・一(はじめ)さん、母・玲子さん、妹・野恵瑠(のえる)さん、兄・嵩玄(しゅうと)さん=原口さん提供
  • 兄弟でふざけ合う原口(右)と兄・嵩玄(しゅうと)さん=原口さん提供
  • W杯アジア最終予選・ベトナムの前半、パスを出す日本代表・原口(中央)=3月29日、埼玉スタジアムで
 サッカー日本代表が7大会連続となるW杯本大会出場を決めた。想定外の金星献上から始まった苦難のアジア最終予選で、チームを陰日なたで支え続けたのがMF原口元気(30)=ウニオン・ベルリン=だった。海上自衛隊1等海尉で実兄・嵩玄(しゅうと)さん(34)に原点や成熟の過程、兄弟の関係性、弟への思いなどを聞いた。(取材・構成=松岡祐司)
   ◇   ◇
 〈短い期間で終わったライバル関係〉
 弟にとって最初のライバルは私だったと思います。私が小学生低学年で、弟が幼稚園児の頃、週末は父にグラウンドに連れていかれ、サッカーを一日中していました。ミニゲームやリフティングで勝負をして私が勝つと、弟が号泣していたのを思い出します。もっとも、私がライバルだったのはごく短い期間でした。サッカーの才能はずばぬけ、将来はプロになるだろうと疑いなく思っていました。弟は「日本代表のキャプテンになって、W杯で優勝する」と言っていましたが、私はばかなことを言っているとは思いませんでした。
 〈殴り合い、けんかの日々だった少年時代〉
 弟は生意気なクソガキだったので、殴り合いのけんかはしょっちゅうでした。私の右拳には、弟を殴った時に歯に当たって切れた傷がいまも残っています。弟が全国レベルの少年団で上の学年のチームに交ざって活躍する一方、私は埼玉・熊谷市内でも1、2を争う弱小チームですら万年補欠だったので、その対比で無意識に弟に対してコンプレックスを持っていたのかもしれません。
 〈日本一の負けず嫌い〉
 昔から負けず嫌いで、「誰よりもうまくなりたい」「誰よりも活躍したい」という成長に対する強い意志は、他の分野を合わせても弟に匹敵する人を見たことがありません。その強い意志は今も変わらず持っていると思います。さらに、その上で「もっとうまくなるには」「チームに貢献するには」何が必要か。そのためにトレーニングや手段を冷静に見いだし、ベストな選択ができる客観的な視野と思考法が身に付いたのではないかと思います。
 この客観性は、自分自身を中長期的にどう作り上げていくかという面においても、ピッチの上でのプレーにおいても表れていると思います。若い頃は「俺が、俺が」というプレースタイルでしたが、今は客観的にチームにとって最善の選択肢と思えるプレーを選んでいるように見えます。変わらない強いモチベーションと、それを実現するための広い視野や客観的な思考法、そして強い主観をコントロールする術を身に付けたことが大きな武器になっているのではないでしょうか。
 〈少年時代とは真逆の人間性〉
 若い頃は自我の強さをコントロールしきれてないなと感じることが多々、ありました。シンプルにわがままで、自分が絶対に正しいと強く思い込んでいたように見えました。それがプロとして成長していく中で、本当にびっくりするくらい、真逆ともいってもいいくらい冷静な人格を備えたと思います。かつての弟は人の意見を取り入れることが苦手でしたが、今は貪欲に自分に足りないものは人に教えを乞うてでも手に入れようとしていると思います。昔だったら一瞥(いちべつ)で唾棄しそうなことも、「何かのプラスになるかもしれない」と向き合っていると思います。
 自分がどうありたいか考え続けた結果、成長をするためには冷静な客観性や周りへの配慮、人の意見を取り入れることが必要だと気が付いた部分もあるでしょう。監督やチームメートなど周りの人に恵まれたのもあると思います。弟がよく口にするのは槙野智章選手(神戸)です。「槙野選手の周りへの気配りは素晴らしい」と言っています。そういう先輩を見て、感じることも多かったのでしょう。
 〈兄弟の関係性の変化〉
 弟がドイツのチームメートと家族の話になった時、「兄は日本で海軍士官だ」と言ったら、「マジかよ! すごいな!」と驚かれ、私の職務、階級が海外において尊敬の念を持たれる対象だと気が付いたと言っていました。一方、私はアフリカのジブチに海賊対処活動の任務で行った際、同じく海賊対処活動のために来ていたドイツ軍とサッカーの親善試合をしました。その際、弟のことを知ってるかと聞いたら、「マジかよ! 知ってるも何も、おまえの弟は俺らのヒーローだよ!」と驚かれ、弟が本当にドイツで愛されるプレーヤーになっているのだなと感じました。
 おおっぴらに公言することは少し恥ずかしいですが、私は今までチャレンジしてきたこと、自分に課せられている責務に誇りを持っています。「日本のディフェンダー」として、日の丸が描かれたP―3C哨戒機のパイロットとして、日本の安全保障や国際貢献に携われてきたこともそのひとつです。
 弟も今までのチャレンジや結果、自分自身のプレーが日本だけでなく、ドイツのファンも魅了していること、そして「日本のフォワード」として、日の丸を背負って世界を相手に戦っていることに誇りを持っていると思います。2人が持っている誇りをお互いにリスペクトしています。若い頃は反目し合っていましたが、お互いに慢心や虚栄心を捨て、本物の「誇り」を持てるようになった時に2人の関係が良好になったことは面白いなと思います。
 〈絶対に負けたくない〉
 弟は選手人生を歩む中で熱い主観と冷静な客観性の両輪を持ち合わせてきたと感じています。自分自身の成長のためだけではなく、リーダーとしてチームを引っ張っていく上でも必要不可欠な要素だと思います。弟自身が活躍することはもちろん、日本代表の中でリーダー的存在となり、チームを引っ張っていってほしいと思います。
 また、私にとって元気は尊敬する弟でもありますが、ライバルでもあると思っています。ストイックに自分のパフォーマンスを高め続けることや、新しいことにチャレンジし続ける姿勢は、分野は違えど絶対に負けたくないと思っています。
   ◇   ◇
 原口嵩玄(しゅうと)さんは埼玉県内の高校を卒業後、米・アーカンソーテック州立大に入学し、ジャーナリズムを専攻した。日本で就職活動をしていた2011年に東日本大震災があり、「公に尽くす自衛隊の職務の貴さを強く感じた」ことに加え、サッカー日本代表に初選出された弟・元気が「日本のフォワード」を目指す姿を見て、「日本のディフェンダーになろう」と一念発起。翌12年、海上自衛隊に幹部候補生として入隊した。
 教育航空隊を経てパイロットとなり、第2航空隊(八戸)ではP―3C哨戒機の操縦士として警戒監視やアフリカでの海賊対処活動の任務などに従事。21年6月から防衛省大臣官房広報課に配属され、防衛省・自衛隊広報誌「MAMOR(マモル)」の編集協力の業務などを担っている。

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