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釜石でラグビー「市民元気づける」 名古屋市北区出身・河野選手

2022年4月3日 05時00分 (4月3日 21時45分更新)
試合でスクラムを組む河野選手=相模原市の相模原ギオンスタジアムで(西条佳泰さん提供)

試合でスクラムを組む河野選手=相模原市の相模原ギオンスタジアムで(西条佳泰さん提供)

 東日本大震災で被災した岩手県釜石市を拠点とするラグビーリーグワン二部「釜石シーウェイブス」で、名古屋市北区出身の河野良太選手(26)が奮闘している。二〇二〇年に移籍し、釜石市役所に勤めながらプレー。復興の象徴として活動してきたチームで、地元の期待を背負い、体を張り続ける。 (神尾大樹)
 津波で全壊した小中学校の跡地に建設されたホームの釜石鵜住居(うのすまい)復興スタジアム。スタンドには市民が掲げる大漁旗がなびく。「ラグビーのまち」を掲げる釜石。河野さんは「ファンと距離が近く、多くの方が応援してくれる」と語る。
 中部大春日丘高(春日井市)で競技を始め、全国大会に出場。大東文化大時代には主将として大学選手権ベスト4になった。大学卒業後に中部電力ラグビー部に入ったが、「もっと上のレベルでラグビーをしたい」と、二〇年に釜石に入団した。
 釜石に来て、被災地でプレーする重みを知った。今季開幕前の昨年十一月にあったチームミーティング。選手会長は「チームの歴史や震災について理解してラグビーをして」と呼び掛けた。応援団の男性は家が津波にのまれ家族を亡くした体験を語り、「ラグビーの試合に勝つ姿を見て一緒に頑張ろうって思える」と話してくれた。その思いに胸が熱くなった。
 普段は釜石市スポーツ推進課で働く。ラグビーのまち推進係として、スタジアムの管理や地元の小中学生へのラグビーの指導をする。同課の佐々木豊課長からも「スポーツマンらしく、礼儀正しくテキパキ仕事をこなしてくれ、頼りになる」と、信頼が厚い。
 今季から若手のとりまとめ役を任されている。「釜石でラグビーをやっているプライドを持ってプレーしたい。僕たちが頑張ることで市民を元気づけられる」

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