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鵜飼航丞、プロ1号の原点にあった本塁打王との出会い そして若武者は大砲ロードを歩む【中日】

2022年3月31日 06時00分

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4回、左越え2ランを放った中日・鵜飼

4回、左越え2ランを放った中日・鵜飼

◇30日 DeNA7―6中日(バンテリンドームナゴヤ)
 中日打線が底力を見せた。バンテリンドームナゴヤで行われた30日のDeNA戦で、5点を追う8回に4長短打などで一挙に4点を奪う猛反撃。「3番・左翼」で先発出場したドラフト2位の鵜飼航丞外野手(22)が4回のプロ初本塁打に続き、この回には1点差に詰め寄る左前適時打を放つなど2試合ぶりの出場で躍動した。試合は惜しくも6―7で敗れ、開幕から2カード連続で負け越しとなった。
 ◇  ◇  ◇
 鵜飼が走る。打球が左翼席に飛び込んのを確認し、ようやく足取りが軽くなった。プロ初本塁打。笑顔があふれ、堂々とダイヤモンドを一周した。
 「打った瞬間、一瞬どこに飛んだか分かりませんでした(笑)。ちょっと詰まっていたので確信はできなかったですが『行ってくれ』と思いながら走りました」
 4点を追う4回1死一塁。先発・石田が2ストライク1ボールから内角を突いた142キロの直球を強振。詰まって中段へ運ぶのだから末恐ろしい。8回1死一、三塁では1点差に追い上げる左前適時打。マルチ安打で竜党のハートに鵜飼ありを刻んだ。
 長距離砲としての原点には本塁打王との出会いがある。2003年10月19日。4歳の鵜飼は中日OBで15年に亡くなった大豊泰昭さんと会っている。
 4歳上の兄・瞭汰さんが所属していたチームの指導に大豊さんが訪れた。鵜飼は、手を引っ張られて付いていく「見習い」。かぶっていた仮面ライダーの帽子を差し出した。「サインをもらって、ずっとかぶってました」。実家で宝物として大切に保管しているという。
 1994年の本塁打王が実演した、一本足打法から放たれた大きな放物線と屈強な肉体。「今でもよく覚えています」。記憶する全てが、鵜飼の道しるべになった。
 待望のプロ初本塁打は、バンテリンドームナゴヤでのレギュラーシーズン戦通算2000号。前夜、友人からのラインで「あと1本で2000号」を知った。1号は立浪監督で、1000号は中村紀打撃コーチ。「大先輩の前で打てたらすごいことだな」と眠りについたという。
 本拠地のある名古屋市東区出身。名古屋で育ち、キングに憧れた少年による、本拠地での1号。鵜飼のアーチスト人生が始まった。
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