本文へ移動

50年前の金沢 懐かしい プラネタリウムで風景投影

2022年3月2日 05時00分 (3月2日 10時21分更新)
プラネタリウムに投影された約50年前の金沢の街並みを説明する毛利裕之さん=金沢市法島町のいしかわ子ども交流センターで

プラネタリウムに投影された約50年前の金沢の街並みを説明する毛利裕之さん=金沢市法島町のいしかわ子ども交流センターで

▽いしかわ子ども交流センター

 知っている人なら思わず「懐かしい」と声を上げてしまう−。そんな約五十年前の金沢の街並みを描写したプラネタリウム用の風景画が、金沢市法島町のいしかわ子ども交流センターにある。交流センターでプラネタリウムの解説を担当する毛利裕之さん(49)が昨年、中心市街地を描いたこの風景画を交流センターの節目を記念して投影。「コロナ禍で今後はいつ投影するかわからない」(毛利さん)という街並みを見せてもらった。(西川優)
 「ここにかつて本屋さんがあったんですよ」。毛利さんの解説とともに金沢の街並みがよみがえる。香林坊にあった北国書林、片町にあった移転前の大和や長崎屋。現在は金沢21世紀美術館がある場所には、移転前の金沢大付属小学校の校舎が立っていた。
 風景画は、一九七〇(昭和四十五)年開設の県児童会館(金沢市広坂)から七四年にぐるりと一周見渡したもので、かつて同館のプラネタリウムで投影されていた。交流センターのプラネタリウムは同館から七八年に移設されたものだ。
 プラネタリウムは、開設から二〇二〇年で五十周年を迎えた。コロナ禍が続き、節目から一年遅れとなったが、昨年に五十周年の記念企画として風景画を投影。年配の観覧客からは「あーそういえば」と懐かしむ声が多く聞かれたという。
 風景画が保管されていたのは、実は金沢ではなかった。たまたま毛利さんが交流センターに残っていた風景画の原画の一部を見つけたが、他の原画はなかった。「もしかしたら」と、風景画を当時発注した東京のプラネタリウムメーカーに問い合わせたところ、広坂で使われていたものが残されていた。
 来年には近代プラネタリウム誕生から百周年を迎える。毛利さんは「(投影したのは)本当に気まぐれなので」と笑うが、次は百周年に合わせ独自でプラネタリウム史もまとめている。
 投影の次の機会は−。「本当は『わー』ってやりたいところなんですけどね」。コロナ禍で人を集めるのにはリスクがあり、毛利さんは「今年は投影する予定はない」と話すが、コロナ禍が収束し、毛利さんの気分次第では公開される日が訪れるかもしれない。
◇プラネタリウムの映像は動画投稿サイト「ユーチューブ」の北陸中日新聞公式チャンネルで視聴できます=

関連キーワード

おすすめ情報