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慶喜が眺めた宇宙 最古級の須弥山儀を修復へ  

2018年2月7日 02時00分 (5月27日 05時25分更新)

須弥山儀を紹介する勝野秀敏住職=静岡市清水区の龍津寺で

◆静岡市、由来も調査

 静岡市は二〇一八年度から二年がかりで、臨済宗妙心寺派の禅寺「龍津寺(りょうしんじ)」(静岡市清水区)が所蔵する江戸時代に作られた市指定文化財「須弥山儀(しゅみせんぎ)」を修復する。仏教の世界観を示すからくり仕掛けの宇宙儀で、国内に十台ほどしか確認されていない。修復により歴史的価値を高め、由来などの調査を進める。
 須弥山儀に詳しい天理大の岡田正彦教授(宗教学)によると、須弥山儀は江戸後期の天台宗の僧侶、普門円通(ふもんえんつう)(一七五四~一八三四年)が古代インドの仏教の世界観を説明するため考案。天文学が生かされ、重りを使った動力で太陽と月、星座の動きを再現する仕組み。布教活動などに用いていた。
 龍津寺の須弥山儀は一八二四(文政七)年に製作されたとされる。円通の依頼で作られた可能性が高く、十五代将軍徳川慶喜が所持していた。須弥山儀は全国各地に現存するが、龍津寺に残る須弥山儀が最も古いとみられる。
 龍津寺が保管する明治時代の住職の日記などによると、須弥山儀は駿府(すんぷ)城にあったが、明治になって天動説が禁止されると須弥山儀の考え方が禁書扱いになり慶喜の菩提(ぼだい)寺の宝台院(静岡市葵区)に隠された。その後、龍津寺にひそかに移されたとされる。一八七七(明治十)年に一度修復されたが、現在はからくりが動かない状態になっている。
 龍津寺の勝野秀敏(しゅうびん)住職は「明治時代に天動説は禁止されたが、神仏の世界から恵みを頂いて生きているという考え方は、日本人の謙虚な心の根幹にある。それを須弥山儀は思い出させてくれる」と話す。
 修復は、一七年度中に市の文化財保護審議会が基本方針を決め、一八年度に調査。一九年度に作業する。市文化財課の担当者は「動くようになれば資料の価値が高まる。由来についても不明確な部分が多いので調査したい」と話す。
 龍津寺は、仏教の世界観を説明する江戸後期の三幅の掛け軸(いずれも市指定文化財)と須弥山儀の特別公開を定期的に実施している。見学は事前予約で可能。問い合わせは龍津寺=電054(393)3028=へ。
(垣見窓佳、写真も)
 <古代インドの世界観> 世界の中心には須弥山という高さ56万キロメートルの神仏がすむ山があり、その同心円状に八つの山脈が取り巻く。山脈の間に八つの海があり、その海にある四つの洲(しゅう)のうち南の洲に人間の住む世界がある。

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