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【本城雅人コラム】海外に出ていった武豊騎手をもっとも応援していたのは藤沢和師

2022年2月28日 06時00分

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藤沢和調教師

藤沢和調教師

◇コラム「ぱかぱか日和」
2001年に武豊騎手がフランスに拠点を移した時、私は頻繁にフランスに行った。その時、武豊騎手の携帯にもっとも電話をかけてきたのが藤沢和調教師だった。「そっちはどうだ」「困ってることはないか」。たわいもないことだったが、私には海外に出ていった武豊騎手をもっとも応援しているのは藤沢和師であること、そしてトレセンに入る前、4年半も英国で修業した藤沢和師は、自分がやりたかった夢を武豊騎手に託しているように感じた。
 そんな二人だから会話のレベルも高い。2年ほど前に二人と会ったのだが、武豊騎手がフランスのファーブル厩舎の調教に参加したことを藤沢和師が「どうだった」と質問。「調教の途中で、ファーブルさんは『あっちに乗ってくれ』『きみはあの馬』などと、しょっちゅう乗り役を代えていました」と武豊騎手が言うと、藤沢和師は「それは馬の息遣いを聞きながら、乗り役の体重でバランスを計ってるんだよ」と解説した。海外の調教師は、ハンデ戦のように斤量を調整して馬を併入させ、馬の気分を損ねないようにしているのか。藤沢和師がいなければ私は一生知れない知識だった。
 藤沢和師のことだから引退後は海外で調教師になるのかな? そんな予想もしていたが、藤沢和師は「若い頃は血気盛んで大口を叩いたけど今はないですよ」と否定している。だが日本人にとって海外が別世界だった50年近く前、21歳で渡英したパイオニアである。当時の日本競馬には非常識でもあった、たくさんの知識を藤沢和流にアレンジして導入した。前日にサウジで4勝もするなど、日本馬が世界に近づけたのは藤沢和師の貢献なしでは語れない。
 海外での調教師はなくても、馬主でも牧場のアドバイザーでもいい。ふと出かけた海外の競馬場で、今までと同じように馬のことを大切に考え、馬と会話をしている藤沢和さんと出会えた…。そんな未来をひそかに描いている。(作家)

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