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「工女の本当の姿 伝えられた」 高山・野麦峠の館来月で閉館

2022年2月22日 05時00分 (2月22日 05時00分更新)
3月末で正式に閉館する「野麦峠の館」=高山市高根町野麦で(同市提供) 

3月末で正式に閉館する「野麦峠の館」=高山市高根町野麦で(同市提供) 

  • 3月末で正式に閉館する「野麦峠の館」=高山市高根町野麦で(同市提供) 
  • 「野麦峠の館」の思い出を語る堀野さん=同市七日町で
 明治から昭和初期に飛騨地域から野麦峠を越え、長野県の製糸工場に働きに出た工女たちの歴史を伝える資料館「野麦峠の館」(高山市高根町野麦)が、三月末で閉館する。二〇〇五年から約十五年間にわたり、管理人として運営に携わった堀野徹さん(77)が、資料館の約三十年の歩みを振り返った。(加藤佑紀乃)

管理人・堀野さん30年振り返る

 同館は一九九一年にオープン。野麦峠の歴史を紹介する映像や、工女の姿を模したマネキン、写真などを展示していた。七九年に映画「あゝ野麦峠」が公開され、野麦峠が注目を浴びたことで、資料館には全国からファンが訪れた。
 映画は、工女の過酷な環境にスポットが当てられており、来場客の大半は「工女たちは奴隷のような扱いを受けた」というイメージを持っていたという。堀野さんは「時代背景として(環境が)厳しいことは間違いないが、映画であったことは、ごく一部。彼女たちが家の屋台骨であったことも、彼女たちの青春も、ぜひ伝えたいと思っていた」と力を込める。
 そうした思いから、堀野さんは、ある青年が工女に宛てて書いた恋文も来館者に紹介した。すると、その恋文をやりとりしていた二人の子孫が偶然、同館を訪れ、後に二人の当時と晩年の写真を提供してくれたという。堀野さんは「入館者にこの写真を見せることで、二人が幸せだったことも伝えられた」と目を細める。
 しかし、映画公開から時がたつにつれ、来館者数は年々減少。施設の老朽化も進み、約三十年の歴史に幕を下ろすことになった。同館に至る県道が、昨夏の豪雨で被災して通行止めになっており、同館はそれ以降、休業が続いている。
 堀野さんは「情熱を傾けてつくってきた資料館。閉館は仕方ないが、工女たちの本当のことを伝えられて良かった」と意義を語った。正式な閉館後、同館の資料の一部は、隣接する観光施設「お助け小屋」に展示される。

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