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投手転向まだ2年半…中日・育成の松木平が急成長「稼げる選手になり祖母と住みたい」苦労の幼少期経て“一人前”へ

2022年2月20日 09時08分

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6回に登板した松木平

6回に登板した松木平

◇渋谷真コラム・龍の背に乗って ◇19日 練習試合 中日2―1DeNA(北谷)
 4番手で登板した松木平は、最速143キロのストレートで打者に立ち向かった。2安打、無失点。まだ18歳の右腕には、地に足が着いた夢がある。「お金を稼げる選手になって、おばあちゃんと住みたいんです」。今は千葉県で暮らす栄子さん。なぜ彼がそう思うのかは、幼少期までさかのぼらねばならない。
 両親は2歳で離婚。インドネシア人の父とは会っておらず「昔の写真と公園で遊んだ記憶」だけが残っている。母・由美さんも小学2年で他界。そこからは祖父母に育てられたが、祖父・正弘さんも高校2年の夏に亡くなった。再び姉、栄子さんと3人で暮らすには、松木平がプロ野球選手として一人前にならなければいけない。
 野球では無名の精華高。中日の山本スカウトが松木平を初めて見たのは高校2年の夏だった。お目当ては相手チームの選手で、松木平はついでだった。しかし、投手転向直後とは思えぬ潜在能力に、引きつけられた。評価が固まったのは1年後の夏。履正社との練習試合で自己記録を6キロ更新する145キロのストレートで、前年の甲子園王者を3失点に封じた。
 「履正社はガチメンバー。『新チームになって一番抑えられた』と言ってもらって、自信がつきました」
 まだ2年目の育成選手を北谷組に入れようと言ったのは、立浪監督だ。実力より上の集団に放り込むことは、時に成長を促進する。同期の高橋宏と同じく、彼はこの3週間で急激に伸びた。
 「持ち味はバランスのいいフォームです。僕は力むとダメなんで」。3日の「ストライクテスト」では、合否の分かれ目となった19球目のストライクを、ラストボールで取って生き残った。投手になって2年半分とは思えぬ美しいフォームと品のある球筋。優太と名付けたのは由美さんだそうだ。「優しく、たくましい男になれという思いを込めたと聞きました」。まずは支配下。そして1軍へ。願い通りの男に育ったことを、天国の母と遠くで暮らす祖母に伝えたい。

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