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鍵山優真のおばあちゃん「今考えても涙が出る」苦境を乗り越え成長した孫の『銀』獲得【北京五輪フィギュア】

2022年2月10日 17時07分

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フィギュアの鍵山優真選手ついて涙を流しながら話す祖母平川佐治子さん

フィギュアの鍵山優真選手ついて涙を流しながら話す祖母平川佐治子さん

 フィギュアスケートの選手として五輪2大会に出場した鍵山優真の父・正和さん(50)を育てた平川佐治子さん(73)は、孫が五輪出場を決めてもピンとこなかった。
 「家にいると普通の少年。成長が早すぎてついていけない」
 佐治子さんが30代に名古屋市内でフィギュアスケートを習っていたのがきっかけで、オリンピアンが誕生した。その息子の幼少期を知る経験から小学生のころの鍵山は「インターハイレベル」と思った。「転ぶのが嫌いで、スピンの練習ばかりしていた」。ただ、歌と踊りは好きだった。「風呂場で私の知らない横文字の入った歌をガンガン歌っていた」。今もその姿は変わらない。
 足首、膝を柔らかく使う滑りは息子と重なる。「スケーティングはもちろんジャンプも似ている。ふっとした時の表情なんて、もうそっくり」。違うところは…。「失敗が少ないところ。正和はよく転んでいた。優真は転ばない」。外出もままならないコロナ禍。自宅では並外れた集中力に接した。「絵を描き始めると、半日ぐらいずっと没頭している。コロナのときなんてずっと…」。絵心はあり、人気アニメ「鬼滅の刃」のキャラクターを描いていたという。
 佐治子さんが鍵山と暮らすようになったのは、正和さんが脳出血で倒れてからだ。鍵山は中学3年生。佐治子さんは2人が住む横浜と名古屋を行き来した。正和さんが戻るまでは、毎朝4時に起床。鍵山を練習に連れて行ってから家に一度戻り、弁当を用意して今度は学校へ送り出した。「今考えても涙が出る」と振り返る。
 鍵山に一度、聞いたことがある。正和さんが退院するまでの数カ月間、「さみしくなかったの?」と。「どうしてそんなことを聞くの」。そう答えた表情を思い出すと胸が締めつけられる。
 鍵山は苦境を忘れるぐらい競技に打ち込み、周囲を驚かすほど飛躍。佐治子さんはその成長がうれしかったが、小学生の記憶も色濃い。だから、佐治子さんは息子に問いただした。「ちゃんと種をまいていたから」。正和さんはそう言った。
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