本文へ移動

「オレは書かないが、お前は書け」ノムさんからもらった、たった一枚の年賀状がない…【竹下陽二コラム】

2022年2月4日 12時28分

このエントリーをはてなブックマークに追加
楽天時代の野村監督

楽天時代の野村監督

◇生涯一野村番がつづる「ノムさんジャーニー」その20
 私事で恐縮だが、あと半年で定年を迎える。いつまでも、ルーキー気分であったが、アッという間であった。我ながら、ビックリである。だからと言って、記者人生が終わるわけではないが、むしろ、これからが、本番ぐらいの気持ちではいるが、とりあえず、身の回りの断捨離をしようと思い立ち、過去記事、思い出の品の整理にとりかかった。と、あることに気付いた。アレがない。アレとは、ノムさんからもらった、たった一枚の年賀状である。
 ノムさんは、あいさつとか年賀状にはうるさい人であった。ヤクルト監督時代、年明けになると、やれ、誰から年賀状が来てたとか、来てないとか、選手の名前を挙げて、恩知らずだとか、ジョーク交じりにわざわざ、担当記者に公表するのが常だった。
 たかが、年賀状。ノムさんにとっては、されど、年賀状だった。監督は、孤独である。年賀状=忠誠心と言えば、大げさだが、年賀状で選手の自分に対する思いを確認したかったのではないか。年賀状が来る来ないを気にするノムさんの人間臭さ、それを公にするばか正直さが、嫌いではなかった。また、年賀状が来てないと名指しされた選手に確認にいくと、そこから発展していくストーリーもあって、楽しんだ。無精な私は年賀状出さない派であったが、うるさく言われるのがイヤで、ノムさんだけには出していた。
 と、ここまで書いたらノムさんも、さぞかし、律義に年賀状を出していたのだろうと思われるかもしれないが、少なくとも、ヤクルト担当時代、私は一度ももらったことがない。「オレは書かないが、お前は書け。おれは、いつもリップサービスしてるんだから」という理屈であった。しかし、無精な(?)ノムさんからたった一度だけ、年賀状をもらったことがある。2001年オフに阪神監督を辞任。1年間の浪人生活を生活を経た翌02年、正月にそれは届いた。ヤクルト監督時代の、わが世を謳歌(おうか)し、自信にあふれる満面笑みの顔写真に、達筆な字で「また、おいで」とだけ書いてあった。
 阪神のユニホームを脱ぎ、一個人に戻り、東京都内の自宅で閉居する傷心のノムさんを何度か訪れたからだ。その年賀状を見て、ノムさんの下から多くの人が去ったことが推察された。あの独特のアクも毒も消えていた。「あのノムさんが、年賀状とは…」。年賀状をもらった喜びより、わびしくなった。弱気になっていることが気になった。
 しかし、その後、ノムさんは、社会人野球シダックス監督、楽天監督として復活していくことになるのだが、年賀状はその後、来なくなった。ノムさんからもらう年賀状は、どこかむずがゆく、あまり見たくはなかった。逆に来なくなって安心したくらいだった。そして、記念の一枚は大事にしまったはずなのだが…。
 ♪探すのをやめた時に~見つかることはよくある話で~と歌の歌詞にもあるが、家のどこかにあるのは間違い。いつの日か劇的に私の前にひょっこり現れてくれないだろうか。そして、まじまじと、記念の一枚を眺めてみたい。また、新たな感情が湧いてくるはずである。
おすすめ情報

購読試読のご案内

プロ野球はもとより、メジャーリーグ、サッカー、格闘技のほかF1をはじめとするモータースポーツ情報がとくに充実。
芸能情報や社会面ニュースにも定評あり。

中スポ
東京中日スポーツ