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よっちに見せて!王者の舞 施設の小3、宇野昌磨選手が夢をくれた

2022年2月4日 05時00分 (2月4日 15時25分更新)
公式練習で調整する宇野選手=3日、北京で(木戸佑撮影)

公式練習で調整する宇野選手=3日、北京で(木戸佑撮影)

  • 公式練習で調整する宇野選手=3日、北京で(木戸佑撮影)
  • 宇野昌磨選手からもらったグッズを手に話すよっち=名古屋市東区の「慈友学園」で
 四日に始まる北京冬季五輪のフィギュアスケート団体で、男子ショートプログラム(SP)に名古屋市出身の宇野昌磨選手(トヨタ自動車)が登場。個人でも前回平昌大会の銀に続く、メダル獲得が期待される。この大会を心待ちにしてきたファンの一人が、児童養護施設で暮らす「よっち」と呼ばれる小学三年生の男の子(9つ)。宇野選手との出会いをきっかけに自分も五輪出場という夢を描くようになった少年は、「オリンピックで一位を取るところを見たい」と願う。 (中崎裕)
 よっちが暮らす「慈友学園」(名古屋市東区)と宇野選手の交流が始まったのは平昌五輪後の二〇一八年初冬。宇野選手が銀メダルを持って家族と地元にある施設を訪れ、子どもたちにメダルをかけたり、プレゼントを贈ったりした。
 五輪の演技を録画したビデオを見て、よっちは「かっこいい」と思った。実際に宇野選手に会うと、恥ずかしくて話し掛けられなかったが、メダルをかけてもらい、抱っこもしてもらった。贈り物のマグカップは宝物だ。机に飾っていて落としてしまい、取っ手が欠けたが「捨てたくない」と、今もひきだしの中で大事にしている。
 宇野選手と会う前は、口数が少なく何をするにも自信がなかった。職員が何かをほめても「僕どうせできないし」が口癖。そんなよっちが、交流後に「僕もスケートをやりたい」と漏らした。費用やスケート場への送迎などの面でスケートは難しかったが、宇野選手が寄付してくれた野球のグラブで翌年から少年野球を始めた。いつしか「僕もオリンピックに行くんだ」「プロになる」と夢を語るようになった。
 その後も二度にわたって施設を訪れた宇野選手と卓球をしたり、サインをもらったりした。今も時折、サイン入りのマグカップや二人で撮った写真を机から出して部屋で眺める。宇野選手が昨年十一月のNHK杯で優勝すると、「最後のポーズがかっこいい」と動画サイトの映像に何度も見入った。
 思い描くのは五輪で躍動する宇野選手の姿だ。「好きな人が頑張っているのを見ると元気になれる」とよっちは言う。
 「子どもたちと身近に関わってもらえて、何かヒントになったり力になったりしているのは本当にうれしい」と施設長の岡田幸仁さん(43)。北京の銀盤で舞う宇野選手の姿は、子どもたちの心に再び灯をともすはずだ。
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