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悼む…石原慎太郎さんと小出義雄さん、ブルドーザー型両雄が意気投合した日【満薗文博コラム・光と影と】

2022年2月2日 10時57分

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都庁前で「東京マラソン」スタートの号砲を鳴らす石原慎太郎東京都知事=2009年3月

都庁前で「東京マラソン」スタートの号砲を鳴らす石原慎太郎東京都知事=2009年3月

 石原慎太郎さんが逝った。89歳だった。3年前の2019年4月には、小出義雄さんが逝っている。80歳だった。
 片や芥川賞作家にして、国会議員、東京都知事などを歴任した人。片や、マラソン、長距離選手育成に一直線だった人。文人・政治家と、スポーツ指導者。一見、違う道を歩いた両雄だった。しかし、石原さんの逝去の報を聞いて、フッとある日のことを思い出した。
 小出さん、晩年の昼下がり。千葉県佐倉市の佐倉アスリート俱楽部の応接室だった。東京中日スポーツは、市民ランナー向けに、長年「小出ランニングアカデミー」を紙面で連載、途中の2013年には、中日新聞社から単行本になって出版された。その取材と称して、適宜、フラリと佐倉を訪ねていた。そんなある日の昼下がりだった。
 「うん、いいねえ。東京マラソンを目指す市民ランナーに向けたメッセージか!」。いまでこそ、何の不思議もない「3万人が走る東京マラソン」だが、その誕生のきっかけになった「ある出来事」は意外と知られていない。
 現在はコロナ禍で開催が難航しているが、2007年に第1回大会が開かれ、いまや世界のランナーたちの「あこがれの大会」になっている東京マラソンには誕生秘話がある。
 「突然、石原都知事側から話をしたいと言って来たんだ。何で僕が、と思っていたら『東京で市民マラソン大会を開きたい、ついては何かアイデアはないか』と言うんだ。びっくりしたけど、石原さんの本気がうれしかったなあ」
 当時を振り返り、ニコニコしながら遠くを見るような目をした小出さんのひげ面が忘れられない。
 「それで僕は、わが意を得たりとばかり、石原さんに話したんだ。大東京のど真ん中を走るマラソン大会を開いたらどうですか。その日だけは、大動脈の車を止め、万人単位の老若男女が走るんです。生活の原動力は元気な人たちです。その日ばかりは、主役は人間というのはどうですか」
「一気に話したら、石原さんはびっくりしたように、目を丸くして聞いてくれていたなあ」。
 ブルドーザー型両雄が意気投合した日だった。石原さんは「大東京マラソン大会」に向けて突き進む。車両規制に難航を示す警視庁は、御大の意向には逆らえない。だが、車両ストップを出来るだけ短時間に抑えたい警視庁には、規制時間を5時間とする意向が強くあったと言われている。しかし、小出さんの「老若男女が走る」が、頭にあって、石原さんは7時間規制を押し通して決めたとされる。
 いまや東京は、ニューヨークシティ、ボストン、ロンドンなどと並ぶ市民参加型マラソンとして超有名である。2013年からは国際陸連が認定する世界のメジャー大会「ワールドマラソンメジャーズ」の一翼を担っている。
 石原さんを悼みながら、ある日の小出さんとの昼下がりをたどった僕である。
 (スポーツジャーナリスト)

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