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酒井武治(1932〜97年) 石川県津幡町「スガイ書店」の元社長

2022年1月26日 05時00分 (1月26日 10時06分更新)

店や家族 懸命に守る

 創業百二年のまちの書店。石川県津幡町津幡のスガイ書店。元社長の酒井武治は本業に加え町商工会長なども務めた。さらには家族のピンチを救うため精力的に活動し、がんで六十五年の生涯を閉じた。(島崎勝弘)
 武治の妻和子(86)によると、スガイ書店は武治の父で町議長を務めた繁益がかつて加賀爪にあった書店「須貝」を買い取り、始めた。武治は金沢大在学中から書店の仕事を手伝っていた。若いころは教科書など教材を積み、町内の小中学校を自転車で回った。
 武治の幼なじみで同じように小中学校を回っていた同社元専務の酒井治夫(89)=同町庄=は「(山あいの)河合谷は片道四十、五十分はかかった」と懐かしそうに振り返る。ノートや分度器、定規などを忘れ、購入に立ち寄る子どもたちのために午前七時半に店を開け、午後八時まで働いた。
 店が火事に遭ったこともあった。その後、父親から社長を引き継ぎ、富山県にも出店した。本業の傍ら、スタンプ会の会長やライオンズクラブの会長に加え、一九九五年から町商工会の会長も引き受けた。「夜はよく会合に出掛けてた。巨人ファンで、会合のない日は家でナイター観戦が日課だった」と和子。
 家族のピンチもあった。東京の大学に進学していた長女由記子(60)が新興宗教にはまった。夏休みに帰省した際、由記子を家から出さず、小学校の校長や寺院の住職らの元に一緒に出かけ説得にあたった。東京から牧師も呼んだ。店の従業員にも「店も大事だが、娘を救いたい」と家族の内情を打ち明け、長女の脱会に懸命に取り組んだ。
 由記子は「父親の涙を初めて見た。店が火事になっても泣かなかったのに。何事にも真剣だった」と口にする。由記子はその後大学を辞め、武治の勧めもあり、先の東京の牧師の助手になり約二年半、四国や東北、沖縄など全国を回り、新興宗教にはまる人たちの救出活動に従事した。「自分たちのように苦しんでいる人たちがいる。大学に行くより勉強になる」と言ってくれた。
 武治の没後、和子が社長を継ぎ、由記子が専務として和子を支えてきた。和子はことし、社長を由記子の長男で、現在同社で勤務している孫の吉田一平(29)に譲る。「店をなくさないようにやっていく」と一平。和子も「社長は辞めるけどこれまで通り店番はやる」と元気だ。幼すぎて武治のことを覚えていない孫を和子や由記子が支える。(敬称略)
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 次回は、富山県黒部市福平の荒廃した戦後開拓農地の復興に努めた越後松雄(一九五一〜二〇二〇年)を紹介します。

【プロフィール】さかい・たけはる=津幡町津幡生まれ。6人きょうだいの三男。金沢大法文学部法学科卒。1972年10月から4年間、町教育委員も務めた。父繁益は町初代議長。スガイ書店は20年の開業。酒井家は書店の経営を引き継ぐ前は青果店を営んでいた。


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