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揺れる故国 帰れる日いつ 金沢のミャンマー人 民主化願い

2022年1月19日 05時00分 (1月19日 09時52分更新)
帰国できない苦しい胸の内を語るミャンマー人留学生のモーさん(手前)とテッさん=金沢市内で

帰国できない苦しい胸の内を語るミャンマー人留学生のモーさん(手前)とテッさん=金沢市内で

軍弾圧 友が犠牲、家族は生活難

 ミャンマーで国軍がクーデターを起こし、アウンサンスーチー氏が率いる国民民主連盟(NLD)から政権を奪って二月一日で一年。国軍の弾圧による死者が千四百人を超え、金沢市に住むミャンマー人留学生二人は帰国できない状況が続く。二人は「家に帰りたい。国軍の統治が早く終わるように願っている」と胸の内を語る。(榊原大騎)
 二人は南東部モン州出身のモーさん(25)とテッさん(24)。大学卒業後の二〇二〇年十月に学生ビザを取得して来日し、金沢市内の日本語学校に通う。三月に卒業する予定だが、就職先は未定。それぞれ建築エンジニアと飲食業界での勤務を希望する。二人を含め、石川県内には二〇年十二月末時点で四百六十人、富山県内には二一年一月時点で百四十二人のミャンマー人が暮らしている。
 二人とも学校に通いながら二つのアルバイトをして生計をたてる。収入は月十数万円で、そこから学費、寮費、生活費を支払う。クーデター以後は毎月一、二万円をミャンマー民主化支援団体に寄付している。国軍に対抗する民主派「挙国一致政府」(NUG)が結成した「国民防衛隊」(PDF)に加え、家を追われた難民の生活を支えたいという思いからだ。「外国にいる私たちができるのはこれぐらい」(モーさん)
 国軍とPDFの衝突で命を落とした友人もいる。教員やエンジニアといった職をなげうってPDFに参加した人もいれば、難民としてタイに逃れた人もいる。
 モーさんの実家はゴムの木を栽培している。モン州の主要産業だ。両親の暮らしは、クーデター後の著しい物価高で苦しくなった。シンガポールで働いていた兄は帰省中にクーデターに遭い、働き口を失った。高校生の妹は二〇年六月から学校に通っていない。新型コロナ禍に加え、国軍に反発する両親が行かせない。
 モン州でも国軍の弾圧は続く一方、ゲリラ的に集まっては数分で解散するデモが散発的にある。「すぐ解散しないと国軍に殺されてしまう」。二人のきょうだいも参加しているという。
 スーチー氏を支持する二人は国際社会の介入を期待していたが、現時点で目立つ動きはない。だからこそ、国軍と戦う国内勢力を支持する。
 「国軍はこれからも市民を虐殺する。世界の人々はミャンマーで起きていることを見ていてほしい」。民主派への金銭支援を続けながら、家族と再会できる日を待ち望んでいる。

【メモ】ミャンマー情勢=2011年の民政移管後、アウンサンスーチー氏率いる国民民主連盟(NLD)が15年の総選挙で勝ち、16年に文民政権を発足。20年11月の総選挙でも圧勝したが、国軍は根拠を示さず不正選挙と主張、クーデターを起こした。市民への弾圧を続けており、ミャンマーの人権団体「政治犯支援協会」(AAPP)によると、17日時点で少なくとも1480人が殺害され、8632人が逮捕、拘束されている。


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