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【FC東京新時代】まさかの降格…立石に託された重い使命「原点」と向き合い、完遂したJ1復帰劇

2022年1月18日 05時00分

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J1昇格がかかった鳥取戦、ゴールを決めてサポーターの中に飛び込むFC東京の鈴木=2011年11月19日

J1昇格がかかった鳥取戦、ゴールを決めてサポーターの中に飛び込むFC東京の鈴木=2011年11月19日

 立石敬之(現シントトロイデン最高経営責任者)は腹をくくった。いや、くくるしかなかった。
 「クラブの歴史上、最も厳しいどん底。チームを預かる責任とプレッシャーがすごかったですね」
 FC東京は2004、09年にナビスコ杯(現ルヴァン杯)優勝を果たした。成長曲線は右肩上がりに見えた。だが、満を持してリーグ制覇を目標に掲げた10年にまさかのJ2降格を喫した。村林裕、鈴木徳彦の両輪がクラブを離れ、強化部長に就いた立石には1年で再建という重い使命が託された。
 だが、11年シーズンは逆風が吹き荒んだ。東日本大震災の影響で外国籍選手全員が帰国してしまい、平山相太(現仙台大コーチ)、高松大樹(現大分市議)の主軸2人がともに骨折で長期離脱。震災の余波で東京電力がシーズン途中にスポンサーから撤退した。資金力に不安を抱えたまま、開幕7戦でわずか2勝と出遅れた。初夏を迎えても12位と想定外の低空飛行だった。
 立石はブラジルへ飛んだ。現役を引退したルーカスに会い、頭を下げた。「もう一度、東京を助けてほしい」。粘り強い説得でルーカスの帰還にこぎ着けると、チームは変貌していく。選手たちは自主的にミーティングを開き、「球をしっかり動かそう」などと自立していった。体を張り、ユニホームを汚してひた向きに戦った。不格好でも勝利にこだわった。苦難の末、J2優勝に加え、J2勢としては史上初の天皇杯も勝ち取った。
 その15年前、立石は東京ガスサッカー部で契約社員としてプレーした。華やかなJリーグを横目に、「みんなでこつこつと頑張る。穴が空いたらみんなでカバーする。団結力のチームだった」。クラブに受け継がれてきた原点と向き合い、J1復帰の責務を完遂した。
 「絵に描いたような生真面目さがフットボールに表れている。ずる賢さがないと言われるけど、このクラブに根付いている真面目さが東京らしくて好きでしたね」
 (文中敬称略)

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