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野球を熱くさせた漫画家、逝く…水島新司さんが突然ナゴヤドームに現れた日「どうか山田久志を励ましてやって」

2022年1月17日 14時34分

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2003年元旦の中日スポーツ紙面で山田久志監督と対談した水島新司さん

2003年元旦の中日スポーツ紙面で山田久志監督と対談した水島新司さん

【増田護・記者コラム】
 漫画家の水島新司(みずしま・しんじ)さんが10日、肺炎のため東京都内の病院で死去した。82歳。新潟県出身。葬儀・告別式は家族のみで執り行った。
   ◇   ◇
 水島さんが突然ナゴヤドームに現れたのは2002年3月31日の試合前だった。この年、中日は星野監督の後任として山田久志監督が就任。前日の開幕戦を落とすのを見てじっとしていられなくなり、東京から駆けつけたそうだ。これが初対面だった筆者は、あまりに気さくだったので驚いてしまった。
 まず、その7年前のエピソードを教えていただいた。水島さんは、ファンだったダイエーのフロントに山田監督を推薦していたそうだ。「まさか裏で王さんの話が進んでいるとは思わなかったからね」とのこと。山田さんとの付き合いはこの時点で20年以上とはいえ、情実ではなくリーダーシップがあったのが推薦理由だったそうだ。
 「投手はわがままなはずなんだけど、相手のこともちゃんと考えているんですよ、山田は。現役時代から後輩の面倒見がよかったんです」
 そして、ドームを後にする時には「どうか山田久志を励ましてやってください」と深々と頭を下げられ、恐縮してしまった。
 山田さんによれば、水島さんはかなりの苦労人だったそうだ。名門の新潟明訓高に進む希望を抱いていたが家庭の事情で断念。働きながら漫画家を目指し、「ドカベン」「あぶさん」「野球狂の詩」などのヒット作を次々に生み出した。そんな生き様も山田さんの心を打ち、交流を深める要因になったようだ。
 忙しい中、水島さんは、2003年元旦の中日スポーツ紙面で山田監督との対談に応じていただき、あぶさんの主人公、ダイエーの景浦安武と山田監督が日本シリーズでの再会を誓い合う絵も描いてくださった。残念ながら山田監督は、タイミングに恵まれなかったこともあり、その実現はならなかったが、対談の間、水島さんは実に楽しそうだった。
 野球が大好きで、頑張る人が大好きだった水島さん。野球を熱くさせた一人だったと思う。

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