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<取材ノート> 内村引退、家族の物語も一区切り

2022年1月15日 05時00分 (1月15日 05時01分更新)
内村航平が幼少時代から技を覚えていった様子を振り返る父・和久さん(左)と母・周子さん=長崎県諫早市のスポーツクラブ内村で

内村航平が幼少時代から技を覚えていった様子を振り返る父・和久さん(左)と母・周子さん=長崎県諫早市のスポーツクラブ内村で

 中学の進路希望調査。長崎県諫早市に住んでいた男子生徒は、第1希望に「東洋高校」と書いた。第2、3希望は白紙。担任が生徒の親に尋ねる。「これ、どこの高校ですか?」。聞かれた母も絶句した。それは東京の高校だったからだ。
 まだ内村航平が無名の体操少年だったころ。東京行きを願ったのは、憧れの人がいたからだった。幼少期、体操教室を開いていた父の和久さんが、指導法を学びに訪ねていたのが東京の朝日生命クラブ。そこにアトランタからアテネまで、五輪で日本体操をけん引した塚原直也さんもいた。父に同行して何度も通ううち、息子は決める。「朝日に行く。高校は東京で通う」。母の周子さんは反対した。
 それまで全国規模の大会で目立った成績はなかった。体操で成功するとは限らない。何より、保育園に預けると泣いていたような子だ。「せめて高校までは一緒に過ごしたい」。だが、息子は意志を曲げなかった。父は言った。「体操は演技を始めたら1人。自分で決めなさい」。折れたのは母だった。
 親元を巣立ち、才能は花開いた。高校で全国上位、大学で学生王者。北京五輪で銀メダルを獲得し、一気に世界へ羽ばたいた。14日の引退会見。「次の五輪まで...

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