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山本昌さん、手記で心境 「100万回やり直しても、こんな野球人生にはならない」

2022年1月15日 05時00分 (1月15日 05時01分更新)
 野球殿堂なんてすごいところに、入らせてもらっていいのだろうか。小さいころから僕の野球に携わってきた皆さん、松林中(神奈川県茅ケ崎市)、日大藤沢高、そして中日ドラゴンズが一つでも欠けたらなかったこと。たくさんの恩師や先輩後輩、スタッフがいてくれたからこそで、うれしく思う。
 一番の転機は中日に入団して5年目、1988年の米留学だった。そこまで未勝利。最後の年と思って春季キャンプを頑張ったのに「11月まで留学しろ」と。言葉も通じないし、どんな野球をするかも分からない。最初の1週間ぐらいはへこんだが、アイク生原さん(ドジャース会長補佐)との運命の出会いがあった。
 不安な中でも何かをつかんでやる、何とか食らい付いてやるという思いが22歳の僕にはあった。アイクさんにプロ野球選手としての基本をたたき込んでいただき、マイナーリーグで実戦経験を積んでスクリューボールも習得できた。シーズン途中で帰国した時は「そのまま日本で通用するわけがない」と思っていたが、2軍戦で投げると、米国の打者に効いたのと変わらない印象を持てた。直後に1軍に上がり、プロ初勝利。「人生で一番欲しいものが手に入った」という高揚感が、...

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