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<評伝> 日本の国際貢献に道、自負

2022年1月15日 05時00分 (1月15日 05時00分更新)
 海部さんの人生のハイライトは、本人自身も想定外の首相に選ばれたことだった。平成の始まった年はリクルート事件の影響で有力候補が軒並み身動きできない政局だった。スキャンダルで倒れた竹下、宇野政権のリリーフとして登場した海部さんの閣僚経験は文相だけ。自民党三役にもならず、弱小派閥の領袖(りょうしゅう)でさえなかった。政治部官邸キャップとして接した海部さんは、誠実な人柄で国民の心をとらえていった。
 「僕の最終目標は党愛知県連会長。総裁選に出馬へ、と地元紙の中日さんに一回でも載せてもらえばええ」というのが首相就任以前の口癖だった。
 ペンで何色もの線を引いた新聞各紙の社説の切り抜きの束が首相執務室の机の引き出しに入れられているのを偶然に見たことがある。問うてみると「文教族だから経済や外交のことはようわからせん。役所から説明資料が大量に届くが、国会の答弁資料は、新聞の社説があればそれでええ」とあっけらかんと答えた。
 あけっ広げで庶民的な性格。就任当時五十八歳という若さ。無類の愛妻家。クリーンな金銭感覚。政界屈指の雄弁家。こうした人柄と清新なイメージで就任翌年早々の解散、総選挙で自民党の安定多数を獲...

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