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高津監督「僕の話をたくさん聞いていただきました」古田敦也さんに感謝【野球殿堂】

2022年1月15日 06時00分

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野村克也さんのレリーフと記念撮影する高津臣吾さん(左)と古田敦也さん(代表撮影)

野村克也さんのレリーフと記念撮影する高津臣吾さん(左)と古田敦也さん(代表撮影)

 野球殿堂博物館は14日、今年の殿堂入りを発表し、競技者表彰のプレーヤー部門で、中日一筋で通算219勝を挙げた山本昌さん(56)が選出された。記者会見では米国への野球留学時代に世話になったアイク生原さんや当時監督だった星野仙一さんら、32年の現役生活でかかわった人たちへ感謝した。またヤクルトでプロ野球歴代2位の通算286セーブを挙げ、現監督の高津臣吾さん(53)も同部門で選出された。アマチュア関係者らが対象の特別表彰は、首都大学野球連盟の設立に尽力した東海大創立者の故松前重義さんが選ばれた。殿堂入りは今回の3人を加え、212人となった。
 功績を永久にたたえられる名誉ある野球殿堂入り。ヤクルト・高津監督は、その礎となった出会いと縁を、しみじみと振り返った。
 「野村監督の難しい野球、素晴らしい野球を何とか古田さんと一緒に、いい答えを出せないかと取り組んでまいりました。すごく難しいこともたくさんありましたけど、すごくわがままな僕をしっかりと受けていただき、よき兄貴分として僕の話をたくさん聞いていただきました。心から感謝しています」
 1991年にドラフト3位でヤクルトに入団。2020年2月に亡くなった恩師の名将・野村克也さんから薫陶を受けた。3年目に先発から抑えに転向すると、野村監督の進言で習得した遅いシンカーを武器に、最優秀救援投手のタイトルを4度獲得。正捕手だった古田さんとのバッテリーで4度の日本一にも貢献した。
 ヤクルトの黄金期を支えた高津監督はメジャーリーグでもプレー。ホワイトソックスで「ミスターゼロ」の異名をとったサイドスローのクローザーは日米通算313セーブをマークした。韓国、台湾、BC新潟でもプレーした右腕は「いろんなリーグ、いろんな国、いろんな人々と接し、それがあって人として、野球人としてここまで成長してこれたと思っています」と語った。
 監督就任2年目の昨季は6年ぶりのリーグ優勝と20年ぶりの日本一を達成。昨年12月には「正力賞」を受賞した。珍プレー大賞受賞歴もある高津監督は「欲しい賞は特にない。目指すは優勝」と宣言。殿堂入り指揮官がヤクルトを球団初の2年連続日本一に導く。

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