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美しい体操、美しい着地、世界一の練習…40年を隔ててつながった日本体操の糸【満薗文博コラム・光と影と】

2022年1月14日 17時55分

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リオデジャネイロ五輪 男子個人総合の鉄棒で着地を決める内村航平

リオデジャネイロ五輪 男子個人総合の鉄棒で着地を決める内村航平

 体操界の“絶対王者”が、競技生活に別れを告げた。体操男子で五輪4大会に出場し、個人総合2連覇、世界選手権でも前人未到の6連覇を遂げた内村航平(33)=ジョイカル=が14日、東京都内で引退会見に臨み「ただ『引退するんだな』みたいな感じ。実感は今のところない。実際はよく分かっていない、というのが今一番の心境」などと胸の内を語った。
   ◇   ◇
 「僕が残したもの…うーん、何を残したのだろう…」。14日の引退記者会見で、体操の内村航平は「残したもの」を問われて、同じフレーズを繰り返した。そして「金メダルとか、結果は残したけど…」と、話しながら、最後は「着地です」と、おそらくは、質問者の意図するものとは違う答えを返した。そして続けた。「着地は絶対に決めてやると…」
 記者たち、テレビカメラ、スチルカメラを前に、見事な「着地」発言だった。どの種目でも、多くの人々が、幾たび、内村の着地に酔いしれ、日の丸の喜びに浸ったか。彼がこの日、残した「誇り」は、金メダル以上に、揺るぎのない「美しい着地」だったのだ。
 最後の東京オリンピックは、鉄棒に絞って臨んだが、本来は6種目で争う個人総合で世界を席巻した体操マンだった。オリンピックで2012年ロンドン大会、16年リオデジャネイロ大会を連覇した。実は、このことがいかにすごいことなのか。100年を優に越す五輪の個人総合部門で連覇を達成した人は、これまで4人しか存在しない難関である。
 最初の人は、はるか昔、1908年ロンドン大会―12年ストックホルム大会のイタリア人、アルベルト・ブラリア、次いで52年ヘルシンキ大会―56年メルボルン大会のビクトル・チュカリン(当時ソ連)、そして、3人目が、68年メキシコ大会―72年ミュンヘン大会の加藤沢男。そして、12年ロンドン大会―16年リオ大会を連覇したのが、この内村である。
 かつて、内村の連覇がなった後で、加藤沢男先生(筑波大学名誉教授)の研究室で聞いた事がある。
 「世界一になる選手は、世界一の練習をやっている、と合宿中の内村君(当時日体大1年生)に言ったことがあるらしい。彼はそれを覚えていてくれたようだ。実は僕の中では記憶の彼方(かなた)なのだが…。それでも役に立ってくれたのならうれしい」
 引退会見の席上、内村は「自分が(世界で)一番練習していた」と話した。同じ言葉を、かつて加藤さんからも聞いた事がある。加藤―内村と、40年を隔ててつながった日本体操の糸が誇らしい。加藤先生に電話を入れた。先生が常々「美しい体操、が僕の目標でした」と話していたことが心に残っていたからだ。
 「本当にお疲れさまでした。ありがとう。ここまで頑張ってくれて、体はあちらこちら悲鳴を上げているのでしょう。僕もそうでしたが…」(加藤先生)
 美しい体操―美しい着地、世界一の練習。つながる糸が誇らしい。残したものを問われて、金メダルと答えなかった内村。そういえば、加藤先生は、全競技を通じて、日本人最多8個の五輪金メダル保持者である。出身地・新潟にもいくつか展示されているが、残りは研究室の机の中に置かれている。「見せたい人がいるなら、持って行ってよ」と言われ、私は小学校の講演会に数度、お借りして持参したことがある。歓声を上げた子供たち、手にして喜ぶお父さん、お母さんたち。さあ、内村航平の金メダルたち、どんな出番が待っているのだろう。(スポーツジャーナリスト)

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