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庄司清和・時之栖会長死去

2022年1月13日 05時00分 (1月13日 09時37分更新)
 リゾート施設などを運営する「時之栖(ときのすみか)」(御殿場市)の代表取締役会長で、伊藤ハム米久ホールディングス傘下の米久(沼津市)の創業者でもある庄司清和(しょうじ・きよかず)さんが十二日、御殿場市内の病院で誤嚥(ごえん)性肺炎のため死去した。八十二歳だった。
 裾野市出身。通夜は十五日午後六時から、葬儀は十六日午前九時半から、いずれも裾野市御宿三〇七の四、セレモニーホール裾野平安会館で。喪主は妻良子(りょうこ)さん。新型コロナウイルスの感染対策として、十五日午後四〜六時に事前弔問を受け付ける。
 東京農大卒業後、牛なべ料理の老舗として知られた当時の米久(東京都港区)に入社。二年目の一九六五年に退職し、二十五平方メートルほどの物置を拠点に食肉加工業に進出した。
 六九年にのれん分けの形で沼津市に食品加工製造販売会社を設立、社長に就いた。後に米久の商号も引き継いだ。ダルマ形スモークハムをヒットさせたほか、生ハムなどグルメ商品のブームも仕掛けた。九六年に東証一部に上場した。
 レストラン経営やスポーツ施設、温泉など他分野にも進出。九四年、時之栖の前身となる御殿場高原ホテルを創業した。
 会社経営だけでなく、県内財界のリーダーとしても活躍した。九七年には中堅スーパーのヤオハンジャパンが事実上倒産した際、主要取引先業者約二百六十社を取りまとめて混乱を防いだほか、静岡空港(牧之原市、島田市)の開設、はままつフルーツパーク時之栖(浜松市北区)の運営などにも手腕を発揮した。
 (佐野周平、藤浪繁雄)=写真は2013年4月30日撮影

◆静岡空港開設など尽力

 庄司清和さんの訃報に、県内各界から悼む声が聞かれた。
 静岡空港が二〇〇九年に開港した当時の運営会社には時之栖も参画。庄司さんは取締役を務めた。当時、県知事だった石川嘉延さんは本紙の取材に「ベンチャーからいろいろ成された人。参考になる話をいろいろ頂いた。今年も年賀状が届いたので訃報に驚いている。ご冥福をお祈りいたします」と話した。
 運営会社設立に向けて共に尽力するなど、親交があったスズキの鈴木修相談役は「地をはった、細やかな経営を成し遂げられた」と手腕をたたえ、「(時之栖が指定管理者となった)はままつフルーツパークをどんどん発展させていった。感謝したい」としのんだ。
 時之栖は一三年度に十一億円を投入してフルーツパークをリニューアル。庄司さんは当時の本紙のインタビューに「果物を販売するだけでなく、ワインやジャムなどを加工品として販売していく。西部地域で誇れるものをつくりたい」と抱負を語っていた。
 同市の鈴木康友市長は「フルーツを楽しむだけでなく、お客さまに感動を与えるさまざまなレジャーの要素を組み合わせた施設として、年間約三十万人をお迎えするまでに再生することができました。心から感謝を申し上げます」とコメントした。
 時之栖本社のある御殿場市の勝又正美市長は「まちづくりに非常に大きな貢献をしてくれた。実行力のある熱い人で、地域貢献に強い思いを持っていた」と感謝した。

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