眼鏡デザイナー BOSTON CLUB 笠島博信さん(「ボードゲームデザイナー」関連)

2020年2月1日 00時00分 (10月6日 12時39分更新)

パソコンでデザインの図面を確認する笠島さん=福井県鯖江市の「BOSTON CLUB」で

視力を補正するだけでなく、印象をがらりと変えるファッションアイテムとしても身近な眼鏡。福井県鯖江市の眼鏡デザイナー・笠島博信さん(47)をこども記者が訪ね、伝統と世界水準の技術に裏打ちされた、人の心をつかむ製品作りを追求する現場をのぞいてみました。

付加価値高め心つかむ

 訪れたのは、眼鏡の企画・販売などをする会社「BOSTON CLUB」。笠島さんは社員で、自社ブランドの一つ「JAPONISM」を担当しています。
 デザイナーは、スケッチで構想を練り、パソコンで図面を描きます。人が快適に身に着けられるよう、髪の毛一本分の幅まで調整します。試作品の「プロトサンプル」で掛け心地を確認し、より正確な図面を作り、ようやく工場に発注です。仕事はそこで終わりではありません。手作業の工程が多く、品質管理には人の感覚が大事。完成まで繰り返し職人と相談します。
 笠島さんにとって、デザインとは、主観的な見た目の良さではなく「世の中の『困り事』を解決すること」。例えば、一九九四年に、顔の横に当たるテンプル部分が外側にカーブした眼鏡を考えました。従来の眼鏡は規格が欧米人向けで、テンプルは直線、幅も狭かったのを、日本人の骨格に合わせたのです。
 記者が「デザインが浮かばない時は?」と聞くと「人と会い、物事を吸収しておくことが大切」。製造現場や海外の展示会などでさまざまな人と話をします。「何かのきっかけでつながるとアイデアになります」

品質と掛け心地を追求

 子どものころからモノづくりに関心があり、親戚から「これからはデザインが大事」と言われて専門学校に進み学びました。入社した二十数年前、眼鏡はもっぱら実用的な道具と思われていて、デザインは「未開の領域」だったそうです。
 鯖江の眼鏡産業は、明治時代に冬場の農閑期の副業として始まりました。現在、国産フレームの約95%を生産し、イタリア・ベッルーノ、中国・深セン、韓国・大邱と並ぶ、世界的産地です。市内には部品の会社などが約六百五十あり、「町全体が大きな工場みたいなものです」と笠島さん。
 二〇〇〇年ごろ、安い中国製品が入ってきて、国産眼鏡の売れ行きが低迷しました。そこで「自分たちにしか作れないものを」と、デザインと品質を追求し生まれたのが、〇四年発表の「JN-401」。ロボットを思わせる立体的なデザインで大ヒットし、累計約一万本を売り上げました。
 質の良さだけで売れる時代ではありません。技術や世界観という背景を伝えることで、使う人の気持ちが高まる「付加価値」の重要性が増しているそうです。
 眼鏡型のウエアラブル端末の開発で、ITや医療など異業種とも協力しています。地図情報を映す、翻訳機器付き…。そんな夢のような眼鏡を通して見えるのは、どんな未来でしょうか。記者たちの心が躍りました。(構成・辻紗貴子)
<これまでの歩み>
1991年 専門学校で工業デザインを2年間学ぶ
  93年 好奇心からカナダやアメリカでバーテンダーなどをして暮らす。英語の力を磨き、現地の人の考え方などを知る
  94年 一時帰国中、親戚が経営する「BOSTON CLUB」に誘われて入社
2004年 「JN-401」を発表
<笠島さんから>
 好みや興味は人それぞれなので、自分の好きなことだけを考えても良いデザインはできないと思います。好奇心を持って、積極的にいろいろなものを吸収できる人が向いているのでは。
<2018年12月9日掲載>

人気を博した「JN-401」を改良した「JN-401E」=福井県鯖江市の「BOSTON CLUB」で

デザインした眼鏡の試作品作りで、フレームを削り出す機械=福井県鯖江市の「BOSTON CLUB」で

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