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「ハーフ」じゃなくて「ダブル」…中日1位ブライト健太を支えてくれた母からの魔法の言葉

2021年12月18日 07時49分

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ブライト健太(左)の入団会見で立浪監督(左から2人目)と記念写真に納まる父ジョンさん(中央)、母陽子さん(その右)

ブライト健太(左)の入団会見で立浪監督(左から2人目)と記念写真に納まる父ジョンさん(中央)、母陽子さん(その右)

中日ドラゴンズ「新時代の旗手2022」ブライト健太(上)

 新人6選手が新たにドラゴンズの一員となった。未来を担う逸材たちはこれまで何を思い、どんな道を歩んできたのか。連載「新時代の旗手2022」で紹介する。1人目はドラフト1位の上武大・ブライト健太外野手(22)。その原点に(上)(下)2回で迫る。
 ずっと誰かの視線を感じてきた。言葉にされなくても分かる。すれ違いざまに向けられる一瞬のまなざし。父はガーナ人で母は日本人。肌の色、髪の毛の違い。違いなんてそれだけ。けれど現実は許してくれない。特に幼少期は肌の色を揶揄(やゆ)されたり、街中で知らない人から暴言を吐かれたりしたこともあった。カッとなって向かっていくこともあれば、奥歯をかみしめてじっと耐えることもあった。
 そんなとき耳の奥に聞こえてくるのは母・陽子さん(52)の言葉。「あなたは日本とガーナ2つのパワーを持っているんだよ」。「ハーフ」じゃなくて「ダブル」。健太の背中を常に支えてくれた魔法の言葉だ。
 そんな両親からもらった体が誇りだ。初歩きは少し早めの10カ月と1日。通常2、3歩と言われるが、いきなり12歩も歩いた。保育園のころだった。友人が補助輪を取って自転車に乗る練習をしているところに通りがかった。健太が乗ってみると、あれよあれよと進んでいく。補助輪なしは一発成功だった。体も大きかった。特に規格外なのが足の大きさ。「小学校の卒業式で父の革靴を履いていました」。そのサイズは30センチ。中学卒業時の身長は182センチで頭一つ抜けていた。50メートル5秒9で駆け抜ける身体能力は「ギフト」だ。
 ド根性の人でもある。中学時代は東京・足立区立第11中の野球部とクラブチーム「シニアクラーク」の2チームに在籍。中3の夏休みには毎日、自宅から電車で1時間以上離れたグラウンドで部活の東京都大会の試合を行った後、自宅近くまで戻り、クラブチームの試合を行う過酷日程をこなした。
 しかし、3日目に外野で飛球をキャッチした際にそのまま倒れ、救急車で運ばれた。診断は脱水症状。点滴を打ち、病院の先生からは「明日は絶対に(試合に)出るな」と言われた。しかし、病院から帰宅後、母が目を離した一瞬の隙に、家を出ると、近所の土手でランニング。普段温厚な父・ジョンさん(62)からも厳しく説教された。「そんなこともありましたね」。ケロッと振り返るのはこれが当たり前だと思っているから。家のリビングや自室にバットを置き、四六時中握れるようにしていた。それだけ野球が好きだから。自分が最も自分らしくいられるのがグラウンドだと確信した少年は、どんどん野球にのめり込んだ。(つづく)
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