本文へ移動

【中日】山井魂継承!被災地訪問に宮城出身の梅津&岡野が参加 被災者でもあるW右腕「忘れたくない」

2021年12月11日 06時00分

このエントリーをはてなブックマークに追加
旧防災対策庁舎を訪れ、手を合わせる(右から)山井2軍投手コーチ、梅津、岡野

旧防災対策庁舎を訪れ、手を合わせる(右から)山井2軍投手コーチ、梅津、岡野

  • 旧防災対策庁舎を訪れ、手を合わせる(右から)山井2軍投手コーチ、梅津、岡野
  • 子どもとグータッチを交わす梅津
 今季限りで引退し、指導者に転向した中日・山井大介2軍投手コーチ(43)が10日、2013年に始めた東日本大震災の被災地訪問として、宮城県気仙沼市などを訪れた。今回初めて、後輩で同県出身の梅津晃大(25)、岡野祐一郎(27)の両右腕も参加した。被災者でもある2選手は、慰問を続ける山井コーチの魂を受け継いだ。
 梅津はふと10年前の記憶をたどっていた。「僕は伝える側でもあるんです」。地震発生時は仙台育英秀光中2年。グラブを置き去りにして避難し、校舎でチームメートとぼうぜんとした。日付の変わった午前2時に父・滋さんが迎えに来てくれた。余震の中、街灯もほぼ壊れた街中を自宅へ約10キロ、とぼとぼ歩いた。
 「3・11は忘れたくない。つらい思いをされた方を忘れないためにも、山井さんと一緒に行きたかったんです」。仙台育英高、東洋大へ進み、2019年にプロ入り。ルーキーイヤーで山井の活動を知って参加を願い出ていた。「僕の同級生や知人も被災している。悲しい思い、苦しい思いをした方の話を聞いて野球をしていること自体が幸せだと感じています」。
 向かったのは遺構の南三陸町の旧防災対策庁舎や、県立気仙沼向洋高の旧校舎など。訪問先のひとつは、気仙沼市内のバッティングセンター「フェニックス」。開設したのは千葉清英さん(52)で、打席数は震災で失った家族の数と同じ7。元気いっぱいの子どもたちとキャッチボールなどして触れ合った。
 梅津と同じく山井コーチの取り組みに賛同したのは岡野。「僕はまだ野球で成功していません。勇気を与えるのはおこがましいですが、被災者の活力になれるように頑張ります」。宮城県石巻市で育った。親元を離れた福島・聖光学院高1年で被災。野球部の寮でろうそくをともし、寄付のカップ麺を仲間とすすった。海から距離約2キロの実家は床上浸水するなど半壊。寮の一時閉鎖を受けて、仙台市にある親戚宅へ身を寄せた。
 梅津はプロ3年間で6勝5敗、防御率2・92。2年目の岡野は今季1軍登板2試合のみ。通算13試合登板で2勝4敗、同6・62。来季に懸ける思いは強い。
おすすめ情報

購読試読のご案内

プロ野球はもとより、メジャーリーグ、サッカー、格闘技のほかF1をはじめとするモータースポーツ情報がとくに充実。
芸能情報や社会面ニュースにも定評あり。

中スポ
東京中日スポーツ