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差別的視線に悩んだ中日1位ブライト健太「何で自分だけ違うんだろう」黒人初MLB選手の『42』誇りとともに背負う

2021年12月10日 06時00分

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中日ドラフト1位のブライト健太

中日ドラフト1位のブライト健太

 中日がドラフト1位指名した上武大のブライト健太外野手(22)の背番号が「42」に内定した。尊敬する人物に挙げる近代メジャーリーグ初の黒人選手、ジャッキー・ロビンソンが付けていた番号。逆境の時代を生き抜いてきた姿に強い感銘を受けたブライトは、自らも42を背負い、希望を与える存在となる。
  ◇   ◇
 尊敬している人物と同じ番号を背負うことになった。ブライトの背番号に決まったのは「42」。ドラフト会議翌日には希望番号として控えめに話していたが、自らの思いが通じた。
 なぜ憧れを口にしたのか―。尊敬する人物に挙げるジャッキー・ロビンソンが付けていたからだ。近代メジャーリーグで初の黒人選手として1947年から10年間、ブルックリン・ドジャースでプレー。白人至上主義の中、差別を乗り越え、黒人選手がメジャーでプレーする礎を築き上げてきた。
 これらの功績をたたえ背番号「42」は全球団で永久欠番。さらにメジャーデビューした4月15日は毎年「ジャッキー・ロビンソン・デー」として、全球団の首脳陣、選手が同番号を付けてプレーするなど、海の向こうでは偉大な番号になっている。
 そんなロビンソンの存在は、小さい頃から父の影響で知っていたというブライト。父の生まれ育ったガーナで盛んなスポーツはサッカー。ただ、黒人社会を切り開いたロビンソンは、ガーナでも英雄的存在として広く知られていたという。さらにブライトにロビンソンの名が強く刻まれたのが、2013年公開の映画「42~世界を変えた男~」だった。ロビンソンの半生を描いた作品を見て「差別が色濃く残る時代で、逆境に立ち向かって成績を残してきた。そういった姿を尊敬してます」と力強く生き抜く姿に強い感銘を受けた。
 自らも思い悩んだ時期があった。あからさまな差別はなくても、横目で見られることはしばしば。「特に小学生の時は、何で自分だけ違うんだろうと思ってました。ただ、年齢を重ねるにつれて、少しずつハーフであることが自分の中で誇りに変わっていった」。差別に立ち向かい、歴史を動かしてきたロビンソンの姿に、ブライトも勇気をもらってきた。
 ドラフト当日には「ハーフの子どもたちや、小さい子どもに夢を与えられる選手になりたい」と語った。竜の「42」をその手で輝かせ、希望の番号とする。
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