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FM Haro!#えんしゅう 浜松から三遠の星へ

2021年12月10日 05時00分 (12月10日 09時52分更新)
練習に汗を流す岡島和真選手=愛知県豊川市白雲町で(三遠ネオフェニックス提供)

練習に汗を流す岡島和真選手=愛知県豊川市白雲町で(三遠ネオフェニックス提供)

  • 練習に汗を流す岡島和真選手=愛知県豊川市白雲町で(三遠ネオフェニックス提供)
 プロバスケットボールBリーグ一部「三遠ネオフェニックス」の下部組織(U−18)に所属する岡島和真選手(18)=浜松市西区出身=が、トップチームの練習生として参加している。U−18からトップの練習に加わるのはまれなケースで、チームの期待がうかがえる。「豪州のプロチームでプレーするのが目標。そのためには、まず三遠でプロ契約を勝ち取りたい」という岡島選手。世界を視野に入れるプロ選手を目指す浜松出身の若者に注目してみた。 (広瀬美咲)
 愛知県豊川市にある三遠の練習体育館。リーグ戦本番を想定したトップ選手の練習を、コートの外から食い入るように見つめる小柄な選手を見つけた。鋭い目つきでトップ選手の動きを追いかけ、時々、思い付いたように自分のステップを確かめる。いつコート内に呼ばれてもいいよう、準備はできているようだ。
 身長一七二センチ。日本人男子の平均とほぼ同じで、二メートル近い大男たちの中では際だって小さく見える。思ったより小柄で心配になったが、練習での動きを見て驚いた。外国人のトップ選手の間をすり抜けて素早いパスを通し、巧みなステップでゴールに迫る。「ずっとチームのファンで、憧れていた。一緒に練習できるだけでうれしい」。息を弾ませる岡島選手が頼もしく大きく見えた。
 父と兄の影響で、七歳から浜松市の篠原ウインズミニバスケットボール少年団で競技を始めた。すぐにのめり込み、チームのエースに。浜松学院中学校では、二〇一八年の全国中学校大会でチームをベスト8に導き、県西部選抜メンバーにも選ばれた。三遠のバスケットスクールに並行して通い、海外遠征の経験をきっかけに高校は海外留学を選んだ。
 留学先の豪州では、現地プロチームの下部組織の門をたたいた。慣れない環境の中、努力を重ねて西豪州の代表チームのメンバーに選ばれるなど活躍。「海外では、大きな選手とのマッチアップが経験できた。特にスピードや間合いの取り方が身に付いた」
 今年十月に帰国し、三遠U−18に加入。すぐにチームの中心選手となり、BリーグU−18チャンピオンシップのベスト4入りに貢献した。これらの活躍がチームスタッフの目に留まり、トップの練習生に招かれた。今は、少しでもトップのレベルに追い付くため、チーム練習と自主練に励む毎日だ。
 来年一月二十二、二十三日には地元の浜松アリーナでのホームゲームがある。まだ練習生の身分で試合出場はないが、浜松の盛り上がりを楽しみにしている。
 「チャンスをものにして、少しでも早くプロ選手として活躍したい」。岡島選手の挑戦は始まったばかりだ。

◆広瀬記者のひとこと

 スポーツが盛んな静岡県。プロチームは遠州地方だけでも、サッカーJ1への復帰が決まったジュビロ磐田、ラグビーの静岡ブルーレヴズがある。バスケットボールの三遠ネオフェニックスにも注目したい。

 <三遠ネオフェニックス> 1954年に総合切削工具メーカー「オーエスジー」(愛知県豊川市)のバスケットボール部「オーエスジーフェニックス」として創部。2008年、プロリーグ「bjリーグ」への参戦に伴い、浜松市と愛知県豊橋市など東三河地区のダブルフランチャイズチームとして「浜松・東三河フェニックス」に改称。同リーグで優勝3回を誇った。新リーグ「Bリーグ」の発足に合わせ、16年に「三遠ネオフェニックス」に改めた。豊橋市総合体育館がホームだが、ホームゲームの2割は浜松市の浜松アリーナで開催する。


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