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御園座こけら落としに花 77歳で死去の中村吉右衛門さん

2021年12月2日 05時00分 (12月2日 05時01分更新)
御園座のこけら落とし公演で、松本白鸚さんと幸四郎さんの襲名披露口上に並ぶ中村吉右衛門さん(右)=2018年4月1日、名古屋市中区で

御園座のこけら落とし公演で、松本白鸚さんと幸四郎さんの襲名披露口上に並ぶ中村吉右衛門さん(右)=2018年4月1日、名古屋市中区で

 歌舞伎界を代表する立役として活躍し、十一月二十八日に死去した二代目中村吉右衛門さんは、名古屋・伏見の老舗劇場「御園座」とも縁が深かった。二代目襲名前の一九六五年から二十一の歌舞伎公演に出演。経営難による閉場を経て、新装開場を迎えた二〇一八年四月の歌舞伎興行では、昨年亡くなった上方の大御所、坂田藤十郎さんと舞台に並び、新劇場のこけら落としに花を添えた。
 建て替え工事中には、名古屋・金山の日本特殊陶業市民会館に舞台を移して開催した錦秋名古屋顔見世にも出演。御園座の宮崎敏明社長(50)は「こけら落としも金山も、多数のお客さまが入って黒字になった。何とか今、劇場を運営できているのは吉右衛門さんのおかげ」と感謝する。
 芝居に厳しく、舞台裏ではもの静か。多くの関係者に一致した人物評だが、宮崎社長は「義理堅い方だった」と別の一面を語る。
 吉右衛門さんは幼い頃、父である八代目松本幸四郎(初代松本白鸚)の公演で名古屋を訪れると、御園座創業家出身の社長で、当時演劇界の「名物男」と知られた長谷川栄一さん(故人)にかわいがられた。
 宮崎社長は「よく東山動物園や洋食を食べに連れて行ってもらったそうです。その恩があるから、こけら落としも、金山も出てくださった」と振り返る。経営再建中には、折に触れて劇場の在り方を助言するなど、常に御園座の興行を気にかけていたという。

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