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【企画・NAGOYA発】内容が斬新すぎて「ファーストガンダム」は視聴率で大苦戦 しかし思わぬところから人気が…

2021年11月29日 11時48分

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1979年4月、名古屋テレビから放送された機動戦士ガンダム(ⓒ創通・サンライズ)

◇1979年に放送開始
◇第2回「機動戦士ガンダム」(その2)
 世界でも絶大な人気を誇るアニメシリーズ「機動戦士ガンダム」。1979(昭和54)年に放送が始まったが、制作したのは東京のアニメ制作会社「日本サンライズ(現サンライズ)」と名古屋市にあるテレビ朝日系列の名古屋テレビ(メ~テレ)だった。「ファーストガンダム」とも呼ばれる第1シリーズは当時としては斬新な内容に視聴率などで大苦戦した。
  ◇  ◇  ◇
◇何とか夕方枠をこじ開けて
 1979年4月7日、土曜の午後5時30分。テレビアニメ『機動戦士ガンダム』の放送が開始した。
 名古屋テレビ(メ~テレ)が『無敵超人ザンボット3』『無敵鋼人ダイターン3』に続く全国ネットアニメ3作目として、アニメ制作会社「日本サンライズ(現サンライズ)」と組んで制作。当時はテレビ朝日系を含む全国29局でネットされたが、同局系列は9局しかなく、他系列の20局では別の時間帯で放送された。

1979年4月7日付の中日スポーツのテレビ欄


 放送時間が決まった事情について、名古屋テレビで初代プロデューサーを務めた故・関岡渉さんは2009年に中日新聞のインタビューで「そのころの人気アニメは夜の7時台。東京キー局の枠には既存の制作会社がぎっちり入っていた。(日本サンライズからロボットアニメの企画を持ち込まれ)系列には嫌がる局もあったが、お金を渡すからといって、何とか夕方の枠をこじ開けた」と語っている。
 自らもガンダム世代ととして番組を視聴していた名古屋テレビ・コンテンツプロデュース部東京担当部長を務める服部保彦さん(49)は、テレビに向きあった少年時代の思い出を交えて語る。
 「主人公アムロ・レイは15、16歳の設定。“中二病”と言う言葉があるけど、思春期で大人に対する不満とか、正義とは何か、自分が大事にするものは何か、と誰もが思い悩む繊細で多感な時期。視聴者の自分たちが日々思っていることに劇中で葛藤し、乗り越えていく。そこがすごく共感できた」
 ただ、放送開始当初は社内でも賛否両論だった。SF映画を思わせるオープニング、あまりにも斬新だったストーリーに時代がついていけなかったのだ。「ストーリーや設定は、子どもからすると正直言って意味が分からない。シャア・アズナブルなど魅力的なキャラクターや大人しか言わない名セリフの数々に衝撃を受けた。今思うと、つくづく作り手が子どもを意識していないなと感じます」と振り返る。
 同じ79年にスタートしたテレビアニメは『タイムボカンシリーズ ゼンダマン』『赤毛のアン』(いずれもフジテレビ系)、『サイボーグ009』『花の子ルンルン』(いずれもテレビ朝日系)、『ザ☆ウルトラマン』(TBS系)など。
◇子どもにはビターで難しく…
 74~75年に『宇宙戦艦ヤマト』など大人向けの作品が出てきていた時期ではあったが、ガンダムエグゼクティブプロデューサーを務めるサンライズの佐々木新・常務取締役(49)は「ガンダムは当時なかった大人びたSF設定。戦争を描くにしても悪者を倒す勧善懲悪のストーリーではなく、いわゆるどちらにも正義があって戦っている。その点で当時の子どもが見るには少しビターな、難しいものであったかもしれない」とした。
 数字は冷酷だった。当時のロボットアニメ放送のビジネスモデルは関連する玩具販売をもくろんだ玩具メーカーなどがスポンサーとなり、制作費を生み出していた。今ではガンダムと言えば、「バンダイ(現バンダイナムコ)」というイメージだが、第1作のメインスポンサーは別の玩具メーカー「クローバー」(1982年倒産)だった。

1982年のメーデーにはガンダムが登場。再放送を重ねるごとに視聴率は右肩上がりで、少年たちの心をつかんだ


 平均視聴率は市場の大きな関東地区で5%前後と伸び悩んだ。玩具の売り上げも当てが外れ、クローバーは早々とスポンサー降板を決断。戦闘シーンを増やすなどてこ入れも考えられたが、50話の予定が43話で打ち切られることが決まった。その直後に玩具の売り上げが伸びたが、決定が覆ることはなかった。
 80年1月26日に最終回を迎えたが、思わぬところから人気に火がつく。ターゲットより少し年上の中高校生の心をつかみ、さらに大学生のアニメ好きが同人誌やラジオなどを通じて再放送を要望する声が多く挙がった。
 「熱狂的なコンテンツファンがじわじわと社会現象を巻き起こした。今ならSNSで一気に火がつくのでしょうけど。スピード感が全然違います」と服部さんは笑うが、再放送を繰り返すたびに視聴率は右肩上がりに。82年の再々放送では名古屋地区で平均25.7%、最高で29.1%の高視聴率を記録した。
◇『機動戦士Zガンダム』は苦戦
 81年から相次いで映画『機動戦士ガンダム』(日本サンライズ制作、松竹配給)がスタート。テレビでの新シリーズの要望が高まり、5年余りの準備期間を経て85、86年にかけて新作『機動戦士Zガンダム』、さらにシリーズ3作目の『機動戦士ガンダムZZ』が相次いで名古屋テレビから全国ネットで放送された。しかし、テレビでの空白期間が長かったことも一因となり、第1シリーズほどの熱量はなく、視聴率、プラモデルの販売ともに落ち着いてしまう。
 さらなる続編の放送について名古屋テレビ内でも議論が交わされた。同局東京支社には連日、日本サンライズの関係者が駆けつけて交渉を続けたが、視聴率、商品販売の低迷が壁になり、シリーズの継続は困難との結論に達した。
 名古屋テレビは、その後も日本サンライズとタッグを組んだロボットアニメを1997年まで制作を続けた。それ以降もカードゲームなどを題材にした『バトルスピリッツ』などのアニメを2017年まで制作・放送した。
(佐藤芳雄)

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