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【罪人の肖像】第5部・卒寿の受刑者 (1)敵討ち

2021年11月29日 05時00分 (6月24日 20時40分更新)

 70歳以上女性の万引、30年で7倍

 万引で検挙された七十歳以上の女性が、昨年までの三十年間で約七倍に増えたことが、警察庁への取材で分かった。昨年の女性の刑法犯検挙者(交通事故を除く)の27・8%を七十歳以上が占め、割合としては男性の14・2%を倍近く上回った。経済的困窮ではなく心的要因が背景に挙げられ、高齢女性の犯罪への対応が課題となっている。
 同庁によると、万引で検挙された七十歳以上の女性は一九九一年に千百五十八人で、二〇一三年に一万二百五十七人とピークを迎えた。昨年は八千百五十三人で、七十歳以上の女性の刑法犯検挙者の75・3%に達した。同条件の男性は44・9%だった。
 一方、刑法犯全体の検挙者は九一年の二十九万六千百五十八人から、二〇年には十八万二千五百八十二人と約四割減少したが、七十歳以上の女性に限った場合、万引は一三年のピーク時の約八割と依然として高水準にある。
 万引を含む窃盗罪で有罪判決が確定した男女の元被告を対象に法務省が一一年に行った調査では、六十五歳以上の女性のうち、万引の動機について「生活困窮」と回答したのは二割未満にすぎなかった。背景に「心身の問題」や「近親者の病気・死去」の心的要因を挙げた高齢女性はともに三割弱を占め、最も高い割合だった。
 再犯率の高さも指摘され、窃盗罪で罰金刑を受けた高齢女性の二年以内の再犯率は34・2%で、高齢男性の18・6%を上回った。
 高齢者犯罪に詳しい湯原悦子・日本福祉大教授(司法福祉)は「抑止力となるはずの家族や地域の存在感が低下したこともあり、孤立した高齢者の将来への不安が増した」と指摘。その上で「罪を重ねる前に福祉機関に橋渡しすることが大事」と語る。

 91歳、初めて刑務所へ

 

窃盗を繰り返した女性が書いた短文

「これを読んでください。悪いことをやって、出てきた後に書いたんです」。一人で暮らす名古屋市内のマンション。九十二歳になった女性が痛む腰をさすりながら、もう片方の手で和紙を差し出してきた。
 「還暦を迎え 㐂(き)寿をすぎ 米寿もすまし 卒寿に入ってとんでもない道に迷よい込み その辛さに毎夜泣いても後の祭」−。力のこもった筆致とは裏腹な弱音。和室の布団で横になっても寝付けない夜、「戒め」のためにつづったという。
 女性が言う「悪いこと」。それは万引。しかも、常習だった。九十一歳で初めて刑務所に送られ、今年六月までの一年二カ月余、刑に服した。
 生活が苦しくて盗んだわけではなかった。三十年以上も持ち歩き、茶色の革が薄く変色した小銭入れには、小さなカエルの陶器を忍ばせる。「お金が返ってくるように」。同じ験担ぎで、お札は必ず逆さまの向きにしている。初めて逮捕されたあの日も、財布には十分なお金を入れていた。
 当時、八十八歳。夕方のショッピングセンターの食品売り場はごった返していた。「もう、本を返す時間だわ」。本人いわく、そう思い出して、隣接する図書館に向かおうとした時、店先で店員に呼び止められた。買い物用のカートには会計を済ませていないこんにゃくが二つ。本を返し終えてから、払うつもりだった。「お金ならいくらでもあるわよ」。向こうっ気の強さで、抵抗した。やがて警察官に囲まれた。
 「盗むつもりはなかった」。女性は今も主張を曲げていない。もう、四年以上も前のことなので、店に当時の記録はない。店員を当たっても「同じような万引は日常茶飯事」と素っ気なかった。
 結局、この一件は罰金刑で終わった。ただ、女性の心に刻まれたのは、反省ではなく、恨みと怒りだった。同じ店舗や系列のスーパーに通い詰めるようになった。「敵は自分で討つ」。今度はわざと、食べ物などを盗んだ。女性はその後、二回逮捕され、八十九歳の時に執行猶予判決、九十一歳で実刑判決を宣告された。
 「敵討ち」の代償は、ほかにもあった。十歳以上も年が離れ、「幼いころは親代わりで面倒を見た」という妹との関係。「私から縁を切ってやった」。女性は言うが、向こうからも絶縁を迫られた。
 「うちの家系からこんな人を出してしまって…」。服役中、手紙を送っても返事のなかった妹が面会室に現れ、「今後は一切、関わらない。ほかのきょうだいも同じ」と告げてきた。アクリル板をたたいて追い返したのが、最後になった。
 身寄りがなくなった出所後。和紙には、妹たちへの思いも書いた。
 「人は老いれば人間関係が希薄になるのはごく当たり前のこと。寂しさは己の人生を純化するための欠く可からざるものと思いたい」−。文末には「午後十一時記す」とある。長い夜。自分に言い聞かせるように、意地と覚悟をしたためた。
 出所して初めての冬。女性はこう振り返る。「私は誰にも迷惑を掛けず、ずっと一人で生きてきたのよ」
 そのプライドを守るために、晩年を迎え、万引という名の「敵討ち」に走った。
     ◇
 高齢女性の万引が後を絶たない。動機で目立つのが、孤独や虚無感などの精神的な要因。夫との死別や熟年離婚、リタイア、家族関係のもつれ…。糸が切れたように突然、盗みを始め、犯行を繰り返すケースが多いという。第5部では、「自立」を信念に生きてきた九十二歳の女性が、刑務所に入ったわけと、揺れる心の内側に迫る。
 (連載は全四回です)

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