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地元有志らが5カ月がかり 馬車鉄道の客車復活

2021年11月29日 05時00分 (11月29日 09時48分更新)
復活させた客車に乗る勝又祐介さん(左)と佐野直文さん=富士宮市で

復活させた客車に乗る勝又祐介さん(左)と佐野直文さん=富士宮市で

  • 復活させた客車に乗る勝又祐介さん(左)と佐野直文さん=富士宮市で
  • 向かい合う形で座席が配置された客車の内部=富士宮市で
  • 佐野さんの自宅敷地内にある作業場
 明治後期から昭和初期にかけて、御殿場市と山梨県境間を走った「御殿場馬車鉄道」の客車を、地元の有志グループ「御殿場馬車鉄道研究会」が復活させた。設計図は残されておらず、白黒写真など数少ない資料を足掛かりに、五カ月がかりで実現した。十二月にお披露目予定で、市民らに実際に乗ってもらい、御殿場の発展を支えた歴史の継承を目指す。 (佐野周平)

◆明治後期から昭和初期 御殿場市−山梨県境走る

 研究会は市内外の郷土史研究家や鉄道会社社員、模型愛好家ら十数人で構成。これまでに廃線跡を巡るイベントなどを催し、客車の復活は「夢のまた夢の話」(菅沼弘会長)だった。
 転機は、約十五年前から大型の鉄道模型を趣味で多数作ってきた富士宮市の佐野直文さん(79)との縁だった。研究会事務局長の勝又祐介さん(43)が、別件で知り合った佐野さんに相談。佐野さんが協力を快諾し、一気に現実味を帯びた。
 佐野さんは「俺が断ったら頓挫しちゃうだろうなと思った。集大成のつもりで引き受けた」と語る。
 研究会は二〜三月にクラウドファンディングで資金を募り、目標額を大きく上回る約二百四十万円が集まった。六月初旬ごろ、佐野さんが中心になって図面作りから始まった。
 市教委がまとめた冊子から客車のサイズや外観はある程度把握でき、客車を写した白黒写真も数枚残っていた。少しでも原形に近づけようと、他地域で走っていた馬車鉄道の模型や写真を参考にし、幼少期に客車を見たことがあるという高齢者に聞き取りもした。研究会メンバーでもある鉄道総合技術研究所(東京都)のOBが時代考証を担った。
 車両は長さ三・五メートル、幅一・五メートル、高さ二・二メートル。主な材料は鉄骨と木材で、重さは約六百キロ。大人が十人ほど乗車できる。客車の色や内装など、推測を交えながら仕上げた部分もあり、勝又さんは「まだ復元とはいえない。新たな資料が見つかれば改良を加えていく」と、先を見据える。
 お披露目会は十二月十二日に御殿場市内で行い、動画投稿サイト「ユーチューブ」でライブ配信する。この日は馬がけん引せず、人力で動かす。一般来場を受け付けるか検討中という。客車を引く馬には調教が必要で、来年五月ごろには、文字通りの「馬車鉄道」の実現を目指している。

 <御殿場馬車鉄道> 明治後期から約30年間営業し、現在のJR御殿場駅前から山梨県境の籠坂峠まで走った。運行距離は諸説あるが、18キロ程度だったとみられる。客車は1両につき10人ほどが向かい合う形で座り、馬1頭でけん引した。開業当初は富士登山客らでにぎわい、人の往来や物流に大きな役割を果たしたが、鉄道網の発達などで需要が減退。1928(昭和3)年ごろに全線撤廃された。


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