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闘将イズム生きる 中日5位指名・真生選手、恩師は星野仙一さんの親戚

2021年11月25日 16時00分 (11月25日 16時00分更新)
星野仙一さん(左)と萩本将光監督=2011年、岡山県倉敷市で(萩本監督提供)

星野仙一さん(左)と萩本将光監督=2011年、岡山県倉敷市で(萩本監督提供)

  • 星野仙一さん(左)と萩本将光監督=2011年、岡山県倉敷市で(萩本監督提供)
  • プロ野球ドラフト会議で中日から5位指名され、笑顔を見せる星野真生選手=10月11日、愛知県豊橋市の豊橋中央高で
 今年のプロ野球ドラフト会議で、中日から5位指名を受けた豊橋中央高校(愛知県豊橋市)の星野真生(まお)内野手(17)を指導してきた同校野球部の萩本将光監督(39)。「中日の星野」と言えば、闘将と呼ばれた故星野仙一さんのイメージが強いが、実は、萩本監督とは遠縁の親戚にあたる。萩本監督は「星野さんのアメとムチの指導が、高校野球にも生かされている」と明かす。
 星野仙一さんは母敏子さんが豊橋市で育ったこともあり、幼少期から同市を頻繁に訪れていた。中日の監督時代も、豊橋のドラゴンズ後援会との交流会に毎年のように参加していた。
 萩本監督の祖母が星野さんといとこの関係。豊橋に来た際、野球少年だった萩本監督をかわいがった。「小学生の頃に『ぼうず、野球やってるのか。頑張れよ』と何度も頭をたたかれました」と振り返る。
 星野さんが楽天で監督を務めていた二〇一一年、萩本監督は秋季キャンプを見学するために岡山県倉敷市を訪れた。スタンドで見守っていたところ、星野さんから「お前そんなところで何やっている。こっちに来い」と関係者入り口に案内されることに。「フルーツ盛りを用意するからたくさん食べろ」「晩飯どうするんだ」などと気に掛けてもらい、食事をごちそうになったという。
 監督として、選手と笑顔でコミュニケーションを取っていた姿が印象に残る。「いすを蹴り上げるような、怖いイメージを持っている人も多いが、普段はすごく面倒見の良い人。『アメとムチ』の使い分けが指導者としての魅力」と述べた。
 指導者となり、「偉大な親戚」のスタイルを指導に取り入れている。「調子に乗りやすい子が気を緩めてプレーすると、けがにつながる」と、星野内野手がドラフト候補として注目され始めても、特別扱いしなかった。むしろ「そんなんじゃ、プロ行けないぞ」「真面目にやれ」などと厳しく接した。
 十月にドラフト指名を受け、目を潤ませていた星野内野手と両手で握手を交わし、報道陣に「プロ志望の気持ちを最後まで持ち、頑張ってきた成果と思う」と笑顔でたたえた。
 豊橋中央高校の野球部は甲子園や東海大会出場といった実績はなく、最高成績は夏秋の県大会の四強。にもかかわらず谷川原健太捕手(ソフトバンク)、中川拓真捕手(オリックス)、星野内野手と、直近七年間で卒業生三人を高卒でプロに送り出した。県内では中京大中京(名古屋市)の四人に次ぐ多さだ。
 「プロになりたいという気持ちはみんな持っている。その気持ちを諦めさせないためには、厳しさと優しさが必要」と萩本監督。闘将の監督イズムが、高校野球の現場で脈々と受け継がれている。 (斎藤徹)

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